高向色夫智

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高向 色夫智(たかむく の しこぶち)は、飛鳥時代貴族。名は色夫知とも記される。官位従五位下山背守

経歴[編集]

文武朝末の慶雲4年(707年小治田安麻呂小治田宅持上毛野堅身とともに従六位下から四階昇進して従五位下叙爵する。

元明朝和銅元年(708年右兵衛督に任ぜられ、翌和銅2年(709年田口益人に官職を譲り、坂合部三田麻呂の後任として山背守に任命されている。

官歴[編集]

続日本紀』による。

脚注[編集]

参考文献[編集]