トウ龍
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| 本来の表記は「鄧龍」です。この記事に付けられた題名は記事名の制約から不正確なものとなっています。 |
鄧 龍(とう りゅう)は、中華圏の人名。「とう りょう」とも読む。
[編集] 正史の事跡
| 姓名 | 鄧龍 |
|---|---|
| 時代 | 後漢時代 |
| 生没年 | 〔不詳〕 |
| 字・別号 | 〔不詳〕 |
| 出身地 | 〔不詳〕 |
| 職官 | 〔不詳〕 |
| 爵位・号等 | - |
| 陣営・所属等 | 劉表 |
| 家族・一族 | 〔不詳〕 |
劉表に帰属する黄祖の部将。建安11年(206年)、黄祖の命令により、鄧龍は数千人の軍を率いて孫権領の柴桑を攻撃した。しかし、孫権の部将周瑜の反撃に遭って破れ、敗走するところを追撃されて鄧龍は捕虜にされる。捕虜にされた後は呉へ護送されてしまった。その後の消息は不明。
[編集] 物語中の鄧龍
『演義』にも登場するが、ここでは、黄祖が最終的に滅亡した建安13年(208年)に、鄧龍が登場している。鄧龍は、同僚の陳就と共に先鋒として孫権軍を迎え撃ったが、孫権側に寝返っていた元同僚の甘寧に、乱戦の中で斬り殺された。

