羽衣 (能)

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羽衣
Noh a.jpg
作者(年代)
不明
形式
能柄<上演時の分類>
三番目物、精天仙物
現行上演流派
観世・宝生・金春・金剛・喜多
異称
無し
シテ<主人公>
天女
その他おもな登場人物
白龍、
季節
場所
駿河国三保の松原
本説<典拠となる作品>
不明
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羽衣 』(はごろも)は、 能楽 作品のひとつ。室町時代における上演記録は多く、現代まで人気のある演目として上演されている[1]

あらすじ[編集]

三保の浦で海に漕ぎ出していた漁師の白龍たちは、春になった美しい三保の松原の景色を嘆賞しつつ、その三保の松原に戻ってくる。すると虚空より花が降り音楽が聞こえ妙なる香りが立ちこめる。これはただ事ではないと思っていると、松に美しい衣がかかっている。白龍はその衣を手に取って持ち帰ろうとしたが、天女が現れ、それは私の衣ですので返してほしいと告げる。白龍は、天人の物であるなら国の宝として地上においておくべきだと言い戻そうとしない。天女は衣が無ければ飛ぶ事もできず、天上に帰る事ができないので、そういわずに返してほしいと言う。しかし白龍は、ますます返そうとせず、立ち去ろうとする。天女は、天上界の事を思い出して哀しみ、なげいている。白龍は、その姿を見て痛々しく思い、衣を天女に返す事を告げる。ただし、天女の舞を舞って欲しいという。天女は喜び、舞を舞うことを約束するが、衣を着ないと舞えないので先に衣を返して欲しいと告げる。白龍は、先に衣を返せば舞を舞わずに帰るつもりであろうと天女に言うが、天女から、そのような疑いは人間界のものであり、天には偽りは無いと諭される。白龍は、恥ずかしい事を行ってしまったと思い、衣を天女に返した。

天女は衣を着て舞い始めるが、その姿は雨に濡れた花のような美しさであった。月宮殿では舞の奉仕をする乙女の一人である事を明し、この舞が、後世の東遊びの駿河舞になることを教える。天女は、三保の松原の春景色が天上界のようであるといい、その美しさを讃え、「君が代は天の羽衣まれに来て撫づとも尽きぬ巌ならなむ[注釈 1]」と詠まれた歌のようだと歌い舞っていると、それに合わせて、笙、笛、琴の音なども聞こえてくる。その舞姿は、雪が舞うような美しさであった。そうやって、東遊びの舞の曲を次々と舞い、国土の繁栄を祈念し、様々な宝物を降らし国土に恵みを施しながら、十五夜の空に輝く満月のようになって富士山の高嶺に昇ってゆき、天空の霞の中に姿を消してゆく。

登場人物[編集]

作者・典拠[編集]

作者付で、『能本作者註文』『自家伝抄』では世阿弥の作となっているが、不正確な記述とされている。また、世阿弥の芸論にも所見が見られない[1]

題材に関しては、羽衣伝説が記載される『風土記』によるという説がある。中でも『駿河国風土記逸文』によるものが、最も近いと言う見方が有力である。また、『丹後国風土記』の記述と重なるところも見られる。ただし『駿河国風土記』をはじめとする『風土記』の羽衣伝説では、天女は漁師と夫婦になったり、老夫婦の子どもになったり、しばらく地上に留まっていて、能の羽衣のようにすぐに衣を返したりはしていない。また、天女の舞を舞う事も無い[1]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 拾遺和歌集よみ人しらず

出典[編集]

  1. ^ a b c 梅原猛、観世清和『能を読む④信光と世阿弥以後』角川学芸出版 2013年pp309-319

参考文献[編集]

  • 梅原猛、観世清和『能を読む④信光と世阿弥以後』角川学芸出版 2013年

外部リンク[編集]

関連項目[編集]