李盛夫

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李盛夫
誕生 1942年1月22日[1]
朝鮮全羅南道光州府
死没 2012年2月28日
職業 詩人
言語 韓国語
国籍 韓国
教育 慶熙大学校国語国文学科
活動期間 1959年 -
ジャンル
代表作 우리들의 양식(私たちの糧食)
処女作 바람(風)
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李盛夫
各種表記
ハングル 이성부
漢字 李盛夫
発音: イ・ソンブ
英語表記: Lee Sung Boo
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李 盛夫(イ・ソンブ、1942年1月22日 - 2012年2月28日)は、韓国詩人光州出身。[1][2]

略歴[編集]

1942年1月22日日本統治下全羅南道光州府(現在の光州広域市)に生まれる。慶熙大学校国語国文学科卒業。1959年、高校在学時に『全南日報』新春文芸に当選し、1966年『東亜日報』新春文芸に『우리들의 양식(私たちの糧食)』が当選した。

初期の詩は非常に直線的で対社会的なメッセージを込めていたが、1970年、『벌판(野原)』、『 바다(海)』以降、自己認識の凝視で自分の苦しみを背負うという決然とした運命の世界を描いている。1960年代の代表的な詩人の一人で、素朴な言葉で現実認識のある詩を主に創作した。

年譜[編集]

代表作品[編集]

  • 1959年、바람(風) [3][4]
  • 1969年、이성부시집(李盛夫詩集)
  • 1974年、우리들의 양식(私たちの糧食)
  • 1977年、백제행(百済行)
  • 1981年、전야(前夜)
  • 1989年、빈산 뒤에 두고(空山後ろにおいて)
  • 1991年、깨끗한 나라(きれいな国)
  • 1996年、야간산행(夜間山行)
  • 1998年、저 바위도 입을 열어(あの岩も口を開いて)
  • 1999年、우리 앞이 모두 길이다(私たちの前が全て道である)
  • 2001年、지리산(智異山) 、너를 보내고(君を送って)

脚注[編集]

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  1. ^ a b c [1] NAVER(韓国語) 2014年閲覧。
  2. ^ [2] 한국문학번역원 문인DB 이성부 2014年閲覧。
  3. ^ [3] NAVER(韓国現代文学大辞典) 2014年閲覧。
  4. ^ [4] NAVER(Doosan百科) 2014年閲覧。