引付衆

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引付衆(ひきつけしゅう)は、鎌倉幕府の職名の一つ。

1249年建長元年)執権北条時頼の時、評定衆の下に御家人の領地訴訟の裁判の迅速さと公正さをはかる為に設置された。その構成は、頭人・引付衆・引付奉行から成る。 初期においては有力御家人が任ぜられたが、次第に北条氏の若年者によって占められ、評定衆に昇任する出世コースとなり、実質的な訴訟審理的役割は薄らいだといわれている。

9代執権北条貞時平頼綱の粛清を皮切りに幕政改革を実施した際、その一環として一時的に引付は廃止され、執奏という役職が代理に設置されたが、ほんの一時的なもので、程なくして引付は復活した。

設置以降、1284年弘安7年)までの就任者は『関東評定伝』に記載がある。

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