吉田半兵衛

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

吉田 半兵衛(よしだ はんべえ、生没年不詳)とは、江戸時代初期の京都の浮世絵師

来歴[編集]

姓吉田氏、名は定吉。京都四条通御旅所の後方に住んでいた。庄五郎という者について絵画を学んぶ。これらのほかは一切が不明の人物である。しかし浮世絵版画の初期、貞享年間に関西における版下絵師として、江戸の菱川師宣に匹敵、対抗する存在で、志茂村七郎兵衛と共に上方の出版界を担った。井原西鶴浮世草子の挿絵でも著名であるが、多くの図彙や浄瑠璃本などをも描き、元禄5年(1692年)頃まで活躍した。元禄5年以降作品が見当たらないため、その頃没したとされる。

井原西鶴のものでは、貞享3年(1686年)刊行の『好色一代女』、『好色五人女』、翌貞享4年(1687年)の『武道伝来記』の挿絵を描き、他に延宝9年(1681年)の『源氏御色遊』(改題後印本に『好色花薄(すすき)』)、貞享3年(1686年)色事に関する初の百科事典『好色訓蒙図彙』、貞享4年(1687年)の『女用訓蒙図彙』、『好色貝合』などの春画を著作及び作画した。

参考文献[編集]

関連項目[編集]