入来院定極

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入来院定極
時代 江戸時代後期 - 末期
生誕 文政5年10月28日1822年12月11日
死没 明治30年(1897年3月27日
別名 通称:五郎四郎、平馬、平
主君 島津斉興斉彬
薩摩藩
氏族 入来院氏
父母 父:入来院定経
正室:町田主馬
養子:公寛島津貴典三男)
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入来院 定極(いりきいん さだよし)は、江戸時代末期の薩摩藩士。薩摩入来領主、入来院氏28代当主。

生涯[編集]

文政5年(1822年)10月28日、入来院定経の長男として生まれる。天保7年(1837年)父の隠居により、家督を相続し入来領主となる。弘化2年(1845年)領内巡検を行う藩主・島津斉興を入来にて迎える。弘化4年(1847年孝明天皇即位式の御礼使として上京。

安政元年(1854年)藩主・島津斉彬に、領内の苛政を咎められ蟄居。家臣に切腹など処分が下った。島津柄山の三男公寛を養子に迎え家督を譲る。

明治30年(1897年)3月27日没。

参考文献[編集]

  • 「入来村史」