乖離

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乖離(かいり)とは、本来は密接に関係するべき2つの存在事象概念数値が、疎遠な状態になっていること、またはその状態を指す。

概要[編集]

 多くの存在や事象、概念といったモノには、となる存在・事象・概念が存在する。対極として存在する物もあれば、同列に存在する場合もある。膨大な数の具体例が考えられ、その全てを例示することは不可能であるが、強いて挙げるならば、

といった具体例が挙げられる。このような様々な存在・事象・概念は、常に対と成る存在・事象・概念を必要としている。しかし、稀にではあるがその片方が欠落した状態に至ることがあり、そのような不安定で不自然な状態が一般的に乖離と呼ばれている。

多数派の存在を背景として、少数派に対して批判的な文脈で用いられる言葉である。

個人の社会からの乖離[編集]

人間は、文明の母体となる社会を構築し、その中で社会を機能させるために必要なそれぞれの役割を各個体が担い相互扶助しながら生活を営む生命体である。従って、社会における平均的な行動規範からの乖離が大きいと、周囲の人間との協調が困難になり、生活に支障をきたす。精神疾患を伴うことも多い。代表的な背景には家庭崩壊機能不全家族いじめ等がある。

歴史上の偉人にも、一般的な観念からの大きな乖離が原因で処罰された者がいる。例えば、ソクラテス弁証法を用いて哲学的な問答を繰り返したことで多数の民衆の怒りを買い処刑されている。(ソクラテスにより繰り返し行われる哲学的な問答は、哲学に関心を持たない多くの民衆には社会に混乱を招く行為として認識されたのである。)

乖離と数の暴力のジレンマ[編集]

 この乖離という概念と関連して、会議の場などで前例踏襲主義の多数派による新規の意見を提示した少数派への迫害(例:「そのような提案内容など今まで聞いたことが無い」として却下する等)も少なからず起きており、これは数の暴力と呼ばれている。
 少数派の意見が存在する状況では多数派少数派に対して一方的に乖離という概念を突き付け意見を封殺するというような単純な意志決定手法を取ると数の暴力という概念に該当してしまうため、組織全体として意見の多様性が失われ、構成員の活力が無くなり、組織全体として退廃的な状況を作りやすくなる。また、社会的実情を考慮した正当な批判まで一方的に乖離と断定して切り捨ててしまうために、組織全体が社会から乖離して行く状況に全く気付けなくなる場合もある。
 この問題は乖離という概念と数の暴力という概念のジレンマであり、ジレンマの本質的な解決のためには会議において提出された意見全てへの一定の理解と検討が必要とされる。このジレンマの本質的な解決手法には各意見の正当性の検証と各意見間の調整と最終的に到達した結論に対して組織全体の合意を得るための時間が必要である。また、各意見の調整時に、衝突を減らす方向で論理的に高度な思考を行う必要があるため、答えを出し辛い難しい問題でもある。

関連項目[編集]