ロジャー・コーマン プレゼンツ

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ロジャー・コーマンPresents』とは、映画プロデューサーロジャー・コーマンがアメリカ合衆国のケーブルテレビ局であるShowtimeのために製作した映画作品シリーズ[1]

製作[編集]

Showtime側が、R・コーマンにSFとホラーの長編映画シリーズを製作するアイデアを持ちかけた。

1995年1月に撮影を開始し、6月中旬には13本の撮影を終えた。後に、R・コーマンは、「撮影をしない日はなかったと思う。週末も撮影したし、自分のスタジオでも撮影していたよ。地方でも撮影してたし、それに、モスクワとマニラで、それぞれ1本ずつ、撮影しました。つまり、私たちはこれ(映画撮影)でもって世界中を飛び回っていたんだ」と語った[2]

しかしながら、R・コーマンは結局、第1シーズンであと2作を製作し直すことになった。R・コーマンによれば、「実は、その2作は、Showtimeが多くの市場調査をして選んだものなんだ。私はエドガー・アラン・ポーの作品のリメイクはしたくないと言っていた。なぜなら、ヴィンセントのいないE・A・ポー作品はやりたくないし、それに、あの時代のスタイルは、作られた当時と同じくらい今見ても新しいと思うからね。19世紀は19世紀であればこそなのですから。ただし、一方で、他の作品は...現代的な映画として、90年代向けにリメイクされたり、最新のものになったり、書き直されたりしやすかった」とのことであった[3]

他の9本はオリジナルであった。R・コーマンは、「そのうちの1本は、十分な企画開発を進めることができなかったので、脚本を購入したよ」と語っている。そして、「今年に入る前に13本のうち3本を撮影し、残りの10本は5ヵ月半で撮影しました。ただし、すべての脚本を開発することはできなかったので、『Terminal Virus』という映画に関しては購入した脚本です。その作品が最後の作品になるのですが、残りはすべて自分たちで開発した脚本でした」と続けた[3]

公開[編集]

1999年まで、「ロジャー・コーマン プレゼンツ」のもと、様々な映画が散発的に公開された。

セレクト・フィルモグラフィ[編集]

第1シーズン[編集]

第2シーズン[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Grimes, William (1995年7月9日). “Yikes! Roger Corman Is Back, Still”. The New York Times. https://www.nytimes.com/1995/07/09/tv/cover-story-yikes-roger-corman-is-back-still.html 2017年5月10日閲覧。 
  2. ^ King, Susan (1995年7月9日). “Roger Corman: Master of His Cult”. Los Angeles Times. 2017年5月11日閲覧。
  3. ^ a b Interview Roger Corman”. Cult Films (2013年3月19日). 2023年2月1日閲覧。
  4. ^ http://www.tcm.com/search/?text=roger%20corman%20presents&type=allSite Template:Bare URL inline