パトリセ・トロボアダ
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パトリセ・トロボアダ
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| 現職 | |
| 就任 2010年8月14日 |
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| 大統領 | フラディッケ・デ・メネゼス |
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| 前任者 | ジョアキン・ラファエル・ブランコ |
| 任期 2008年2月14日 – 2008年6月22日 |
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| 大統領 | フラディッケ・デ・メネゼス |
| 前任者 | トメ・ベラ・クルス |
| 後任者 | ジョアキン・ラファエル・ブランコ |
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| 出生 | 1962年3月18日(51歳) ガボン、リーブルビル |
| 政党 | 独立民主行動 |
パトリセ・エメリー・トロボアダ(ポルトガル語: Patrice Emery Trovoada、1962年3月18日 - )は、サントメ・プリンシペの政治家。2008年2月から6月まで、そして2010年8月14日から同国の首相を務めている。
ガボンのリーブルビル生まれ[要出典]。父は1991年から2001年まで首相を務めたミゲル・トロボアダで[1]、コンゴ民主共和国の初代首相、パトリス・ルムンバにちなみ名づけられた。2001年9月から2002年2月4日まで外務相を務め[2]、その後はフラディッケ・デ・メネゼス大統領の石油顧問を務めたが「自らの地位を悪用し、私的な利益を生み出している」として2005年5月に罷免された[3]。
現在は独立民主行動(ADI)の幹事長を務める[1]。2006年7月の大統領選に立候補し、対抗馬の本命と目されたが得票率は38.82%に留まり、現職のメネゼスに敗れた[4]。2008年2月14日にトメ・ベラ・クルス首相が辞任すると、メネゼス大統領から首相に指名された[5] 。同年3月4日にはガボンを手短に公式訪問した[6]。しかし、発足からわずか3ヶ月の5月20日、国会に野党のサントメ・プリンシペ解放運動社会民主党(MLSTP/PSD)から問責決議案が提出された[7][8]。決議案は賛成30票、反対23票、棄権2票で可決され[8]、トロボアダ内閣は総辞職。その翌月にメネゼス大統領がMLSTP/PSDに組閣を要請し、ジョアキン・ラファエル・ブランコ党首を首相とする新内閣が発足した[9]。
脚注 [編集]
- ^ a b "De Menezes looks set for second term", AFP, August 1, 2006.
- ^ Rulers.org, September 2001 and February 2002.
- ^ "Oil minister resigns as controversy dogs award of second offshore block", IRIN, May 18, 2005.
- ^ Elections in São Tomé and Príncipe, African Elections Database.
- ^ "Investiture du nouveau gouvernement santoméen", Panapress (afriquenligne.fr), February 15, 2008 (フランス語).
- ^ "Le Premier ministre santoméen arrive à Libreville", Xinhua (Jeuneafrique.com), March 5, 2008 (フランス語).
- ^ "Sao Tome MPs pass no confidence motion against government", Radio France Internationale (nl.newsbank.com), May 20, 2008.
- ^ a b "Parlamento são-tomense aprova moção de censura contra Governo", Panapress, May 20, 2008 (ポルトガル語).
- ^ "Líder da oposição em São Tomé Príncipe designado primeiro-ministro", Panapress, June 12, 2008 (ポルトガル語).
| 官職 | ||
|---|---|---|
| 先代: ジョアキン・ラファエル・ブランコ |
外務相 2001年 – 2002年 |
次代: マテウス・メイラ・リタ |
| 先代: トメ・ベラ・クルス |
首相 2008年 |
次代: ジョアキン・ラファエル・ブランコ |
| 先代: ジョアキン・ラファエル・ブランコ |
首相 2010年 – 現職 |
現職 |