ノート:通州事件/過去ログ1

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わざわざ「日本人・朝鮮人居留民」と書いてあるのに、「約230名(半数は朝鮮人)」と括弧つきでまた朝鮮人と書くのですか?最初に書いてある分で十分ではないですか?

消した方と同じ方かどうかは分かりませんが、両方消されていたので両方もどしましたが、先は襲われた者・後は犠牲者で、日本人のみが襲われ殺された訳ではないという意味であっていいし、原因を共産党の陰謀に摺り替えようとしていたので論外だと思っていますが。Johncapistrano 16:39 2004年2月9日 (UTC)

「日本人・朝鮮人居留区が襲われ、230名もの被害者が出た」という表記ならば、日本人のみが襲われたと考える人はいないと思いますが・・・。私は「(半数は朝鮮人)」という表記自体が、非常に恣意的な感じがしています。あと共産党陰謀説ですが、当時の中国国民党などはこの説に立っていたと記憶しています。ま、これは前者が真実であろうと推測していますので、何ともですが。


私も必要性を感じませんので一旦削除しました。 Sea_of_Japan 2004年2月23日 (UTC)


削除依頼が出ておりましたが、問題は解決しました。(問題提起などは下記を参照)0null0 06:20 2004年1月17日 (UTC)

0null0さんが転載元に連絡をとったところ、GFDLの許可を頂けたそうです。安心して編集を行なって下さい。Tsk 14:07 2004年1月17日 (UTC)

http://www007.upp.so-net.ne.jp/togo/dic/tu/tongzhou.html にそっくりです。Johncapistrano 07:56 2003年12月2日 (UTC)

著作権侵害の疑いが濃厚ですね Z 08:27 2003年12月2日 (UTC)

参考文献と外部リンク[編集]

参考文献と外部リンクを加えました。どうも政治的なメッセージと抱き合わせのものが多くて困ります。リンクはこんなもんかと思いますが、参考文献はもっと良いものがあったはずなので、追って加えるなり差し替えるなりしたいと思っています。これ自体がスタブだということで m(_ _;)m。あと「日本はこの事件を心理的に利用した」という部分、主語があいまいで具体性に欠けるように感じましたので、削除しました。当時マスコミが煽ったのは事実のようですが。Kadzuwo 18:23 2004年3月2日 (UTC)

リンク追加ありがとうございます m(_ _)m。順番を変えさせていただきました。事件の概要とその背景、という感じの方が解りやすいのではないかと思いますので。今後とも、どうかよろしくお願い申し上げます <m(_ _)m>。Kadzuwo 18:37 2004年3月2日 (UTC)

英文ページ[編集]

英文ページの方、なんかスゴいこと言われてます (-_-;)。Kadzuwo 15:00 2004年3月6日 (UTC) 

英文版を修正しておきました。中国人による策動と考えられます。このページも、南京大虐殺の項も、中国人の宣伝工作によって頻繁に書き換えられていますが、断固と中立性を維持していきましょう。 qizil bayraq 2004年8月2日以上のコメントは61.204.115.231会話/履歴/whois)氏が[2004年8月1日 (日) 23:00 (UTC)]に投稿したものです。

日本語ページでも、通州事件を含め色々なところで中国側の言い回しの単語が多くなっています。同一IPからの書き換えだった為、ブロック依頼を出しました。Miketsukunibito 2004年8月1日 (日) 23:11 (UTC)

陰謀論に関して[編集]

陰謀論に関しては、以下の資料が元となっている。「冀東保安隊通県決起始末記」張慶餘「盧溝橋事変風雲編」武月星他 …という一説を入れるのは如何でしょうか?資料的根拠に乏しいとされても、資料自体はれっきとして在るようですから。 しかも、中国側の資料として(これは大きいと思うのですが)

私は原典を読むことはできませんが(後者は一応持ってはいます)、日本での紹介を見る限りでは、「第二十九軍との協力」はあっても「中国共産党の陰謀」の記述はないように思います。遅ればせながら。Matunami 2006年2月20日 (月) 22:34 (UTC)


「歴史の闇」について[編集]

保護されてしまったようですので、「近年ではこの事件に対する報道は日中両国で皆無であり(中国政府が日中記者交換協定の規制管理下としている為)歴史の闇に埋もれようとしている」という一文に対して、こちらで私の意見を表明しておきます。
まずそもそも、戦後になってから、「通州事件」が新聞で「報道」された事実があったのでしょうか。「報道」されなかったのは、単に、あまりに時間が経ってしまい、また事件の性格・規模から言っても新聞ダネになるようなニュースバリューがないため、と考えるのが自然でしょう。「協定」がなかったら「報道」されるはずだ、というのは無茶な主張のように思われます。
また、「歴史の闇に埋もれようとしている」というのは、ちょっとどうでしょうか。「新聞」はともかく、たいがいの「日中戦争」本には「事件」の記述はあると思いますし(どのように評価しているかは別の問題)、ここまでネットの「人気商品」になっているこの話を「歴史の闇」と表現することは、無理があると思います。
以上の理由により、保護解除が行なわれたら(あるいは「半保護」化したら)、この表現は削除することを提案します。Matunami 2006年2月20日 (月) 22:34 (UTC)

日中記者交換協定でどのような情報が規制管理下にされてきたかを考えてください。「あまりに時間が経ってしまい、また事件の性格・規模から言っても新聞ダネになるようなニュースバリューがないため」などと個人的な偏向した趣向で、「通州事件」が新聞で「報道」された事実がないものとして「協定」がなかったとしても「報道」はされていなかったとでも言いたいのでしょうか?一般的には中国人の犯した重大な残虐行為としては知名度も低く、「歴史の闇に埋もれようとしている」の表現に無理があるとは言えませんので、その提案は妥当ではないようです。--2006 2006年2月22日 (水) 12:43 (UTC)

毎度申し上げていることではありますが、「ノート」というのは、「どうしたらよりよい記事ができるか」を話し合う場です。「個人的に偏向した趣向」などという暴言を行なう場ではありません。前向きの編集を行うためにも、どうぞ、暴言はご遠慮ください・・・と言っても、この方には無駄なんだろうなあ。
「多重アカウント容疑アラシユーザー」として、あと数日でブロックを受けることが確実な方のコメントにいちいち反応しても、時間の無駄なのかもしれないのですが・・・。そもそも「多重アカウント」であれば、初めから、Wikipediaでは、「発言権」も「編集権」もないはずですし。
一応返答しますと、一般論として、70年も前の事件であれば、よほど「新事実」でも出てくるか、それに関連して「現代」において「騒ぎ」が起きるかでもしない限り、「報道」の対象となることはまずないでしょう。「通州事件」の100倍以上も大規模で、今日でもカンカンガクガクの「大論争」が繰り広げられている「南京事件」だって、「百人斬り裁判」とか、「新証言者の登場」とか、そんなことでもなければ「記事」にはなりませんよね。
ですから、「協定」と「報道されないこと」の因果関係を書きたいのであれば、よほどしっかりとした「根拠」が必要になります。例えば、
1.「協定」前には新聞紙面を賑わせていた記事が、「協定」後には全く姿を消した。(60年安保の時の「報道協定」のイメージですかね)
2.「協定」に、「通州事件については触れない」という趣旨の明確な記述がある。
3.本来であれば絶対に「報道」されるはずの「ニュース」が、なぜか「報道」されなかった。
こんな事実でもあれば、少しは「傍証」になるのかもしれません。しかし、こんなレベルの「傍証」すら何ひとつあげずに、漠然と「協定」と「通州事件が報道されないこと」を強引に結び付けても、誰も納得しません。「70年前の出来事」であって、「<ニュー>ス」ではないから誰も「報道」しないんでしょ、でお終いです。
さらに「歴史の闇」という表現ですが、事件の規模、性格を考えれば、普通の歴史概説本の扱いは、そんなにおかしなものではないでしょう。規模から見れば「南京事件」の100分の1以下。当時の政府同士で「解決済み」で、日本はしっかりと「賠償金」まで取っている。
「不当に」小さく扱われている、という判断を行うのであれば、その具体的な「根拠」をお願いします。だいたい扶桑社の教科書にだって、「通州事件」の記述はありませんよね。歴史学的に見れば、その程度の事件です。「もっと騒ぐべきだ」というのは、アカデミズム界での評価を無視した、主観的判断であるに過ぎないと思います。
それなのに、一部の「中国嫌い」の方々がなぜか大騒ぎするのが、この「事件」です。ちなみにgoogleで検索すると、13,700件のヒットがありました。随分と明るい「闇」であるようではあります。Matunami 2006年2月23日 (木) 21:41 (UTC)

外部リンクについて[編集]

保護の原因となった利用者の個人ページを外部リンクとして採用するのはどうなんでしょう?「通州事件」への視点というサイトはMatunamiさんのページですよね?本来はユーザーページに書くような事ですが、荒らしに遭い保護されているようですので、こちらで書かせて頂きました。保護から1年以上を経っていますのでMatunamiさんのコメント次第で解除申請ができるかもしれません。そちらもお願いします。Saladdays 2007年4月17日 (火) 02:21 (UTC)


1.まず、私が「保護」に責任を負っているかのような書き方、やめていただけないでしょうか。本件の保護は、無期限ブロックユーザーpeace系のソックパペット群(2006=渚=Lover=いいちご)のアラシが原因となっています。そのアラシに何人かのユーザーが対応した結果として、「保護」に至ったわけです。
本来peace系はWikipediaへの登場資格を持ちませんので、peace系編集の「差戻し」は、正当な「原状回復行為」であるに過ぎません。なおこれは、その後Wikipediaの正式方針となり、「投稿ブロックの方針」にも、「この利用者(無期限ブロック済みユーザーのソックパペット)による投稿は同一ユーザーであるという蓋然性を理由に差し戻すか、あるいは除去することができます」と明記されています。
2.また、履歴を見ればわかる通り、私がpeace系に対応したのは、1回だけです。それも、
>近年ではこの事件に対する報道は日中両国で皆無であり(中国政府が日中記者交換協定の規制管理下としている為)、歴史の闇に埋もれようとしている。
という無茶な文章の削除であり、その削除理由も丁寧に説明しています。私の編集行為に、問題はないと思います。
3.さらに、「保護の原因となった」こと(上記の通り、責任を問われるべきはpeace系アラシであり、私に責任はないと思います)と、その「利用者の個人ページを外部リンクとして採用」することは、本来関係のない話でしょう。どこにリンクを貼るかは、そのサイトの内容によって独立に決定されるべきものです。
私は「通州事件」関係の国内文献はほとんど押えた上で、事件の背景、事件の原因等について論壇での論争状況を含めて丁寧な解説を行っています。自分で言うのも何ですが、「中国人に日本人が殺された。中国はけしからん」調の単純な凡百のサイトよりも、はるかに内容は充実していると思います。googleで「通州事件」を検索しても5位(Wikipedia記事、ダブりを除けば実質3位)ですから、リンクを貼っていただくことに問題はないでしょう。
ちなみに、このリンクは、他の編集者の方に貼っていただいたもので、私が貼ったものではありません。
4.しかし、ウィキブレーク中の人物をいきなり呼び出して、保護解除の申請をしろ、というのも、無茶な話です。文脈を見ていると、「あなたのサイトへのリンクを解除したいからあなたが保護解除を申請してくれ」としか読めないのですが。全く失礼な話ではあります。ゆう(matunami) 2007年4月17日 (火) 22:33 (UTC)

保護の原因になっているのは確かな事実です。 サイトを拝見しましたが、外部リンクに登録するには余りにも偏りすぎています。中立な視点を重視するWikipediaには相応しくないと考えます。このまま保護を継続されると、読者に誤解を与えかねません。 以下、反論
1について、履歴を見る限り、ある記述を掲載するかしないかの編集合戦です。
2について、回数が問題ではありません。自分が丁寧に書いたという自負もまた意味がありません。
3について、前述通り、関係あるなしに関わらず不適正なサイトリンクであると考えます。

Saladdays 2007年4月17日 (火) 23:45 (UTC)

う~ん・・・(^^;
要するにあなたは、Wikipediaで「左派」が活動することは許せない。Wikipediaから「左派」のサイトにリンクを貼ることも許せない。どうも、ホンネはこんなところらしいですね。私程度の主張の者を「左派」よばわりしたら、本当の「左翼」の方が怒ると思いますが。
あなたが「左派批判」という形でご自分の右派的イデオロギーを喧伝するのはご自由なのですが、残念ながら、Wikipediaは誰でも自由に編集できることをテーゼとしています。中核派の方だって、大日本愛国党の方だって、編集に参加して全く構わないのです。もちろん、「Wikipediaのルールを守る」ことが大前提ではありますが。
で、私は何か、「Wikipediaのルール違反」をやらかしていますか? 私は今のところ「無期限ブロック」を受けておりませんので、少なくともコミュニティはそのような認識をしていないと思います。
蛇足ですが、私のWikipediaでの記事編集は、「客観的事実」と「広く認められた見解」に限定していたつもりです。記述内容が「左派的」であろうが「右派的」であろうが、事実の間違い、明らかに「個人の好み」が色濃く出ている「意見」は修正します。私の編集内容に問題があるとお考えでしたら、具体的にどうぞ。そこのノートページで、とことん議論しましょう。
そして、私が何の「ルール違反」も犯していないとしたら、一体私の何が問題なのでしょうか? 私のサイトへのリンクがふさわしくない、と主張されているようですが、あなたの右派的「イデオロギー」に適合しない、というだけの理由で「削除」を提案されても困ります。ゆう(matunami) 2007年4月19日 (木) 13:06 (UTC)


さて、本題。あなたは最初、「リンクを削除する理由」を、こう書きました。
>保護の原因となった利用者の個人ページを外部リンクとして採用するのはどうなんでしょう。
明らかにおかしな理屈です。「保護の原因となった利用者」の「個人ページへのリンクを禁止する」というルールは、Wikipediaには存在しません。
当り前の話。例えば、あなたが私のサイトへのリンクを削除します。私がそれを復活します。すると、第三者が出てきて、第三者同士で「編集合戦」になり、記事が「保護」されてしまいました。あなたのお考えに従えば、あなたが「保護の原因」となったわけですので、以降、あなたの個人サイトへのリンクは禁止されることになります。・・・って、そんな馬鹿なこと、ありませんよね。
しかも何度も説明しますが、私のこの記事への関わりは「peace系アラシへの対処」でした。履歴を見ればわかる通り、少なくとも4人のユーザーが、「アラシへの対処」を行っています。「peace系アラシの編集の差戻し」は、今ではWikipediaの公式ルールでも認められている、何の問題もない行動です。


さて、次のレスでは、さすがにあなたもご自分の理屈のおかしさに気がつかれたようで、「関係あるなしに関わらず不適正なサイトリンクであると考えます」と、全く論点を変えてきました。今度は、こんな理屈です。
>サイトを拝見しましたが、外部リンクに登録するには余りにも偏りすぎています。南京大虐殺など旧日本軍に関わるコラムを一方的な視点(戦後左派視点)で解説しているなど、中立な視点を重視するWikipediaには相応しくないと考えます。
どうも、こっちがSaladdaysさんのホンネだったようです。「保護の原因」云々は、私を叩く「口実」ですか。
しかし、確か今は、私の「通州事件」に関するページへのリンクについて議論していたはずです。「通州事件」とは何の関係もない「南京大虐殺」に関する私の見解を取り上げて、「通州事件」へのリンクを禁止しようというのも、無茶な話です。


で、どうもあなたは、「中立性の観点」の意味が理解できていないように思います。「Wikipedia:中立的な観点」からです。
>これは、すべての記事は特定の観点に偏らずあらゆる観点からの描写を平等に扱い、中立的な観点に沿って書かれていなければならない、というものです。
>基本的には、偏りのない(中立的な観点から)記事を執筆するということは、特定の観点からの意見を主張するかわりに、論争における様々な立場を公正に説明することです。


例えば、「通州事件」について、特定の視点に立ったサイトのみをリンクして、別の視点に立ったサイトを排除するのであれば、それは明らかな「中立性の観点」違反です。あなたが提案していることは、まさしくそれなのです。
私は、「事実認識」さえ正しければ、世の中には多種多様な「意見」があっていいと思っています。「通州事件」記事のリンク先は、私のサイト以外はすべていわゆる「右派」サイトですが、私はこのようなサイトにリンクを貼ることに反対はしません。
ついでに言えば、Wikipediaコミュニティは、Wikipedia外の活動についてまで「中立的な観点」に立つことは求めておりません。当り前の話ではありますが。ゆう(matunami) 2007年4月19日 (木) 13:09 (UTC)


なお、あなたは私のサイトを「一方的」と批判していますが、それはとりもなおさず、あなた自身の「イデオロギー」の告白でしかないと思います。まあ、ロムの方には、直接読んでいただいて判断していただくことにしましょう。
http://www.geocities.jp/yu77799/
もし私のサイトで「事実の間違い」や「論理的におかしな部分」がありましたら、遠慮なくご指摘ください。私のメールアドレスは公開しておりますので、いつでもどうぞ。私のサイトはまだまだ「発展途上」ですので、ご意見が納得できるものであれば、素直に修正いたします。
ついでですが、私の「南京事件」に関する見解は、日本政府の見解を一歩も超えるものではないんですよね。ご存知とは思いますが、一応、「政府見解」を貼っておきます。
>1. 日本政府としては、日本軍の南京入城(1937年)後、多くの非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できないと考えています。
>2. しかしながら、被害者の具体的な人数については諸説あり、政府としてどれが正しい数かを認定することは困難であると考えています。
>3. 日本は、過去の一時期、植民地支配と侵略により、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えたことを率直に認識し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを常に心に刻みつつ、戦争を二度と繰り返さず、平和国家としての道を歩んでいく決意です。
あなたから見ると、きっと日本政府の見解は、「旧日本軍に関わるコラムを一方的な視点(戦後左派視点)で解説している」ことになるのでしょうね。ゆう(matunami) 2007年4月19日 (木) 13:12 (UTC)


以下、逐文的に。
>どれも「自分の言動が常に正しい」という前提による主張ですね。
・・・・と相手を非難する方は、たいてい、「自分の言動は常に正しい」と思い込んでいます。ここまでのやりとりを見る限りでは、あなたも例外ではないようです。


>保護の原因になっているのは確かな事実です。
だから、その「原因」を私に求めるのは筋違いです。peace系ユーザーの編集への差戻しは、今では公式方針で認められています。paece系が単なる「アラシ」であることは、Wikipediaでは「peace系アカウントすべての無期限ブロック」という形で公式に認定されています。「アラシ」に対処することに、何か問題がありますか?


>また、Matunamiさんの主催する左派系コミュニテティー参加者が、Matunamiさんを含め複数人でノートに寄稿しているのを他の記事で見掛けました。
私は「左派系コミュニティー」を「主催」した覚えはありません。何かの勘違いでは? 万一「思考錯誤」板のことをおっしゃっているのであれば、私は「主催」者ではありません。また、「思考錯誤」メンバーが「複数人」で「ノートに寄稿」したからといって、それは何かWikipediaのルールに違反していますか? だいたい、私はWikipediaで他のメンバーと「共闘」した記憶はないのですが。(peace系アラシへの対処を除きます)


>自分たちの主張に都合の良いように記事を改変するのは感心出来ません。
私はWikipediaでは、基本的には、「事実派」としての編集しかしていないつもりでしたが。私の編集に問題があるのであれば、具体的にご指摘ください。その上で、当該記事のノートページで議論しましょう。
なお私は、もう、ほとんどの記事を「ウオッチリスト」から除去しています。私が見逃すといけませんので、そのような議論を始めたいのであれば、私に直接メールでご連絡ください。


>Wikipediaは自身のイデオロギーを主張する場ではありませんよ。投稿する前にWikipediaの方針を守りましょう
はて、私は何か、具体的に「方針違反」をやらかしていますか? 先にも書いた通り、私のWikipediaでの編集は、「客観的事実」と「広く認められた見解」の範囲を超えていないつもりですが。


>サイトを拝見しましたが、外部リンクに登録するには余りにも偏りすぎています。南京大虐殺など旧日本軍に関わるコラムを一方的な視点(戦後左派視点)で解説しているなど、中立な視点を重視するWikipediaには相応しくないと考えます。
先に、書きました。あなたは、「中立性の観点」を誤解されていると思います。
ついでですが、私のサイトまで「中立な視点を重視するWikipediaには相応しくないと考えます」と主張するのであれば、当然、「中国人が日本人を殺した。中国はけしからん」調の、「一方的な」嫌中「右派」サイトもWikipediaにふさわしくないことになります。私はいろいろな見解のところにリンクを貼って構わないと考えておりますが、あなたの見解に従えば、このようなサイトへのリンクも削除しないといけませんよね。
で、私は「左派系」のわけですか。私は自分では「事実派」のつもり。ちなみに私のサイトの登場頻度No1は秦郁彦教授なんですが、まさかこの方を、あなたは「左派」だと認識しているわけではないでしょう? 私に「左派」とレッテルを貼るのは勝手ですが、「レッテル貼り」は自分に跳ね返ってくることをお忘れなく。


>このまま保護を継続されると、読者に誤解を与えかねません。
??? どういう「誤解」でしょうか。具体的にどうぞ。


>ご指摘の通り、「あなたのサイトへのリンクを解除したいからあなたが保護解除を申請してくれ」と私は言っているつもりです
私を怒らせて、「編集合戦」を挑発している、としか思えない発言です。このような言い方をして、私が嬉々としてあなたの「要求」に従うと、本気で思っているのでしょうか。


>あと専門用語を多用されても私には分かりません。
??? 私は「専門用語」など使っておりません。万一、「Wikipedia用語」がわからないということなのであれば、どうぞ、検索して調べてください。


>以下、反論
・・・なんだそうです。
>1について、履歴を見る限り、ある記述を掲載するかしないかの編集合戦です。
いいえ、「アラシに対する対処」です。Wikipediaを追放されたユーザーの違法編集を、複数(少なくとも4名)のユーザーが差戻しする、という構図です。「編集合戦」と「アラシに対する対処」を混同してはいけません。


>2について、回数が問題ではありません。自分が丁寧に書いたという自負もまた意味がありません。
もう一度、書いておきますね。
>2.また、履歴を見ればわかる通り、私がpeace系に対応したのは、1回だけです。それも、
>>近年ではこの事件に対する報道は日中両国で皆無であり(中国政府が日中記者交換協定の規制管理下としている:為)、歴史の闇に埋もれようとしている。
>という無茶な文章の削除であり、その削除理由も丁寧に説明しています。私の編集行為に、問題はないと思います。
要するに、あなたは何も「私の編集行為」の「問題」は指摘できない、ということですね。


>3について、前述通り、関係あるなしに関わらず不適正なサイトリンクであると考えます。
「関係あるなしに関わらず」ということでしたら、あそこまで熱心に「関係」を追及する必要はなかったと思いますが。ま、「関係」を「不適正」のネタにすることは断念した、と理解しておきます。


>「日本人に中国人が殺された。日本はけしからん」調の単純な凡百のサイトである事も理由の一つです。
ええと、今の問題は、私の「通州事件」サイトへのリンクを貼ることの是非でしたよね。「通州事件」以外のコンテンツで私がどのような主張を行っていようと、それは「通州事件」コンテンツへのリンクを禁止する「理由」にはなりません。


>4について、これは苦情ですか?
もう一度、「4」を貼っておきます。
>しかし、ウィキブレーク中の人物をいきなり呼び出して、保護解除の申請をしろ、というのも、無茶な話です。文脈を見ていると、「あなたのサイトへのリンクを解除したいからあなたが保護解除を申請してくれ」としか読めないのですが。全く失礼な話ではあります。
私は、この方、ムチャクチャなことを言っているなあ、という「感想」を書いたのです。まさか本当に、「ご指摘の通り」と開き直られるとは、思っておりませんでした。


久しぶりにWikipediaに登場しましたが、この議論、「Wikipediaの記事をよりよくしていく」ということには何の役にも立っておりません。単なるリソースの無駄遣いであると思います。どうしても続けたいのでしたら、私は、不本意ながら自己防衛上おつきあいをせざるをえませんが・・・・。
次回は、こちらには「通州事件」に関係したことだけをお書きください。私のサイトや編集姿勢に文句があるのであれば、私のノートページは「保護」されておりますので、あなたのノートページで議論しましょう。お知らせいただければ、いつでも参上いたします。・・・Wikipediaを離れてしまった私の「編集姿勢」を今さら議論しても、何か「実り」が出るとも思われませんが、喧嘩を売られてしまった以上、仕方がありません(ため息)。ゆう(matunami) 2007年4月19日 (木) 13:21 (UTC)


では、上から適当に。
Wikipedia:ウィキペディアは何でないかより

『偏った意見を削除して良いか』→『ノートのページで疑問を提起』
これに則った私の疑問提起がこれです。
>「保護の原因となった利用者の個人ページを外部リンクとして採用するのはどうなんでしょう。」
>「外部リンクに登録するには余りにも偏りすぎています。不適正なサイトリンクであると考えます。」


『いかなる種類の宣伝(プロパガンダ)や擁護の場でもありません。 もし、本当にあなたの主張を他の人々に広めたいなら、例えば外部の電子掲示板やブログをご利用ください。』
この方針に対し貴方は >「イデオロギーを喧伝するのは自由」とはっきり言っています。
私も貴方に疑問提起をする事でイデオロギーを主張しているではないか?という批判ですが、ノートページでの疑問提起なので記事にしているわけではありません。これに関しては、保護解除に向けて行動するならば、貴方も同じことです。他ページのノートページを問題にしたのは複数人による意見投稿で議論を組織的に誘導する危険があるからです。


『個人の随筆や論文ではありません。 まだ人類共通の知識となっていない意見を伝達する場所ではありません。自分の意見をさも大勢の人々の共通認識であるかのように言葉を濁さないでください。独自の調査結果の発表の場ではありません。』
にも関わらず
>「「客観的事実」と「広く認められた見解」に限定していたつもりです。」
「はて、私は何か、具体的に「方針違反」をやらかしていますか? 先にも書いた通り、私のWikipediaでの編集は、「客観的事実」と「広く認められた見解」の範囲を超えていないつもりですが。」
「ついでですが、私の「南京事件」に関する見解は、日本政府の見解を一歩も超えるものではないんですよね。」


『ウィキペディアはミラーサイトでもリンク集でもありません。 単なる外部リンク集ではありません。』
ですが、貴方は
>「例えば、「通州事件」について、特定の視点に立ったサイトのみをリンクして、別の視点に立ったサイトを排除するのであれば、それは明らかな「中立性の観点」違反です。」
>「「通州事件」以外のコンテンツで私がどのような主張を行っていようと、それは「通州事件」コンテンツへのリンクを禁止する「理由」にはなりません。」

何でも際限なくリンクに追加していいというわけではありませんよ。


Saladdays 2007年4月19日 (木) 14:38 (UTC)


ここまでの話の流れを、確認しておきます。
論点は、あなたの、「私のサイトへのリンクを削除すべきである」という主張でした。あなたの主張は、こうでしたね。
>保護の原因となった利用者の個人ページを外部リンクとして採用するのはどうなんでしょう。
これに対して、私は、以下の2点を指摘しました。
1.「保護の原因となった利用者」の「個人ページへのリンクを禁止する」というルールは、Wikipediaには存在しない。
2.そもそも記事における私の編集は、単なる「アラシへの対処」であり、何の問題もない。
これに対しては、今回、何のコメントもありませんでした。ひょっとしたらあなたは、Wikipediaの近現代史系記事を2年にわたって大混乱させた「peace系アラシ」の存在を十分に認識していなかったのでしょうか。


次にあなたは、このように主張しました。
>サイトを拝見しましたが、外部リンクに登録するには余りにも偏りすぎています。南京大虐殺など旧日本軍に関わるコラムを一方的な視点(戦後左派視点)で解説しているなど、中立な視点を重視するWikipediaには相応しくないと考えます。
私は、このように指摘しました。
1.「通州事件」とは何の関係もない「南京大虐殺」に関する私の見解を取り上げて、「通州事件」へのリンクを禁止しようというのは、無茶な話である。
2.あなたの右派的「イデオロギー」に適合しない、というだけの理由で「削除」を提案されても困る。
3.ついでながら、そもそも私の「南京事件」に対する見解は、日本政府の見解を一歩も出るものではない。あなたにとっては「日本政府」の見解も、「一方的な視点」である、ということになるのだろうか。
こちらについても、何のコメントもありませんでした。
従って、以上のメインの論点については、議論は既に終息しているものであると理解します。ゆう(matunami) 2007年4月20日 (金) 23:40 (UTC)


さて、以上のメインの論点についてのコメントは何もなかったわけですが、なぜか、メインとは関係のない論点について、抽象的でわかりにくいレスが返ってきました。私もそうそうヒマなわけではありませんので、「適当に」論点を広げられても、困るんですが。
以下、「リソースの無駄遣い」でしかないとは思うのですが、「個人攻撃」に対しては、私もきちんと対応せざるを得ません。ひととおり、お答えしておきます。


>Wikipedia:ウィキペディアは何でないかより
>『偏った意見を削除して良いか』→『ノートのページで疑問を提起』
>これに則った私の疑問提起がこれです。
>「保護の原因となった利用者の個人ページを外部リンクとして採用するのはどうなんでしょう。」
>「外部リンクに登録するには余りにも偏りすぎています。不適正なサイトリンクであると考えます。」
いずれの「疑問提起」に対しても、上の通り、私はきちんと回答しています。その「回答」を無視して、前の「疑問提起」なるものをそっくりそのままコピペしても仕方がありませんよね。まあ、前述の通り、「回答がないこと」が「回答」である、と理解します。

 

>『いかなる種類の宣伝(プロパガンダ)や擁護の場でもありません。 もし、本当にあなたの主張を他の人々に広めたいなら、例えば外部の電子掲示板やブログをご利用ください。』
>この方針に対し貴方は >「イデオロギーを喧伝するのは自由」とはっきり言っています。
へ? 私、そんなこと言っていましたっけ・・・と読み直してみたら、こんな文章がありましたね。
あなたが「左派批判」という形でご自分の右派的イデオロギーを喧伝するのはご自由なのですが、残念ながら、Wikipediaは誰でも自由に編集できることをテーゼとしています。中核派の方だって、大日本愛国党の方だって、編集に参加して全く構わないのです。もちろん、「Wikipediaのルールを守る」ことが大前提ではありますが。
文脈を見れば明らかな通り、これ、「そんなに熱心に「左派」批判などしていると、ご自分が右翼さんであることがバレちゃいますよ」、という、軽いジャブですよね。変に揚げ足をとられても、困るんですが。
なお、あなたは今回のレスでは、私に対する「レッテル貼り」は遠慮されているようです。従って私も、これを最後に、今後はあなたに対して「右翼」よばわりすることは行ないません。


私も貴方に疑問提起をする事でイデオロギーを主張しているではないか?という批判ですが、ノートページでの疑問提起なので記事にしているわけではありません。これに関しては、保護解除に向けて行動するならば、貴方も同じことです。他ページのノートページを問題にしたのは複数人による意見投稿で議論を組織的に誘導する危険があるからです。
・・・う~ん、前半、何をおっしゃっているのか、よくわかりません。ロムの方も、同じ感想であると思います。とりあえず、「他ページのノートページを問題にしたのは複数人による意見投稿で議論を組織的に誘導する危険があるからです」の方についてだけ、レスしておきます。
ところで、私が「主催」しているという、幻の「左派系コミュニティ」の話は、どうなってしまったんでしょうか。これは、あなたの私に対する批判の大きな論拠であったと思いましたが。勘違いされたのであれば、そのようにおっしゃっていただければ結構です。
で、相変わらず具体的な話が何もありませんので、具体的に何を批判されているのか、私にはさっぱりわかりません。従って、以下、私も一般論でしかお答えできません。


私は、何の「組織」にも属しておりません。私は、私だけの判断で、自由に意見を主張し、自由に書き込みをしています。それがたまたま他の人の主張と同一だったとして、何か問題がありますか? だいたい、私はWikipediaでは、Wikipediaの方針に沿った範囲での編集しか行っていないつもりなのですが。
例えば、ここの議論に別の方(あなたの「ご友人」かもしれません)が登場して、「ゆうのサイトへのリンクを禁止すべきだ」という主張を行なったとします。あなたの考えに基づけば、これも「複数人による意見投稿で議論を組織的に誘導する」ことになるのでしょうか? 私には、そういうことであるとしか読めないのですが。
ちなみに、「peace系アラシ」に対応された方は、多くの管理者の方を含め、何十名もいたはずです。私も、この「通州事件」記事を含めて、多くの方と協同して「アラシ対処」を行なってきました。これはコミュニティの利益につながる行動ですから、何の問題もないと思います。
参考までに。Mixiには「今日からあなたも編集者・ウィキペディア(フリー百科事典)で応援!」というトピが立っており、「右派」の方々が、「組織的に」Wikipediaへの「進出」を狙っているようです。あなたは当然、これはWikipediaにとって大変な問題行為である、と認識されると思います。


『個人の随筆や論文ではありません。 まだ人類共通の知識となっていない意見を伝達する場所ではありません。自分の意見をさも大勢の人々の共通認識であるかのように言葉を濁さないでください。独自の調査結果の発表の場ではありません。』
>にも関わらず
>>「「客観的事実」と「広く認められた見解」に限定していたつもりです。」
>「はて、私は何か、具体的に「方針違反」をやらかしていますか? 先にも書いた通り、私のWikipediaでの編集は、「客観的事実」と「広く認められた見解」の範囲を超えていないつもりですが。」
>「ついでですが、私の「南京事件」に関する見解は、日本政府の見解を一歩も超えるものではないんですよね。」
このあたり、私にはあなたの主張内容がさっぱりわかりません。
私は、Wikipediaにおいて、「自分の意見をさも大勢の人々の共通認識であるかのように言葉を濁」していますか? また、「独自の調査結果」を「発表」していますか? もしそうでしたら、具体的にご指摘ください。私は、「自分のサイトづくり」と「Wikipediaでの記事編集」では、はっきりとスタンスを分けているつもりです。
ついでではありますが、私は「南京大虐殺」記事をめぐる、Wikipediaを揺るがした大激論にはほとんど参加していませんよ。「編集合戦」に巻き込まれるのがいやでしたので。


>何でも際限なくリンクに追加していいというわけではありませんよ。
??? いつのまに、「何でも際限なくリンクに追加していいかどうか」なんて議論が始まったのでしょうか。私の発言は、こうでした。
>私は、「事実認識」さえ正しければ、世の中には多種多様な「意見」があっていいと思っています。「通州事件」記事のリンク先は、私のサイト以外はすべていわゆる「右派」サイトですが、私はこのようなサイトにリンクを貼ることに反対はしません。
>ついでですが、私のサイトまで「中立な視点を重視するWikipediaには相応しくないと考えます」と主張するのであれば、当然、「中国人が日本人を殺した。中国はけしからん」調の、「一方的な」嫌中「右派」サイトもWikipediaにふさわしくないことになります。私はいろいろな見解のところにリンクを貼って構わないと考えておりますが、あなたの見解に従えば、このようなサイトへのリンクも削除しないといけませんよね。
私は、「現在リンクが貼られている右派サイトへのリンクをそのまま継続するかどうか」ということを論じているに過ぎません。
ついでですが、私のサイトの「通州事件」コンテンツは、単純な「暴支膺懲」の視点を超えて「通州事件」の背景に焦点を当て、あわせて「事件」の原因をめぐる論壇の議論の「交通整理」を行なったものです。他のサイトには見られない「情報」が満載されており、自分では十分にWikipedia記事からリンクしていただくだけの価値があるサイトであった、と自負しています。まあ、その判断は、ロムの方にお任せしましょう。
http://www.geocities.jp/yu77799/tuushuu/tuushuu1.html
http://www.geocities.jp/yu77799/tuushuu/tuushuu2.html
ゆう(matunami) 2007年4月20日 (金) 23:40 (UTC)


さて、ここまでの議論は、どう見ても、「Wikipediaの記事をよりよくしていく」ことに何の貢献もしておりません。単なるリソースの無駄遣いでしかないと思います。
なお、あなたのレスに前後して、あなたの利用者ページには、「冷静さを失い個人攻撃を討論の場に持ち込む事。現在の自分の最優先事項。」との一文が追加されました。私はあなたを、「問答無用」タイプではなく、「話せばわかる」方である、と理解します。
で、このままでは、私は自己防衛上、引き続き、リソースの無駄でしかない「議論」もどきを継続するしかありません。
このまま虚しいリソースの無駄遣いを続けるなり、このあたりでやめるなり、その選択はあなたにお任せします。私としてはさっさと「議論」を中止して「自分の研究テーマ」に専念したいのですが、あなたがどうしても「議論」を継続したいのであれば、とことんおつきあいすることにやぶさかではありません。
・・・さて、どうしましょうか。レスを、お待ちします。当然ながら、次回レスで私個人への批判が行われましたら、私はこれまでと同様、遠慮なく反撃します。ゆう(matunami) 2007年4月20日 (金) 23:40 (UTC)


・・・と、ここまで書いたところで、あなたのコメントアウトされた文章に気がつきました。私はこれから出かけますので、修正する時間がありません。とりあえず、「原稿」どおり投稿します。
コメントアウトされた文章を見る限りでは、あなたはやはり「話せばわかる」方であったようです。そうであれば、私も、行き過ぎた言動をお詫びします。(今回にも「行き過ぎた」言動があるかもしれませんが、もう、読み返す時間がありません)
で、もう、お互い馬鹿馬鹿しくなっていることだと思います。このへんで、やめませんか?ゆう(matunami) 2007年4月20日 (金) 23:40 (UTC)
  1. 私の疑問提起について

Wikipediaは誰でも賛成と反対が出来ます。
私はこの記事の「外部リンク」に反対します。解り辛かったかもしれませんが、反対する為の疑問提起を行ったつもりです。
以下反対する理由です。
リンク先の一番上に掲載されている文章が、Wikipediaの外部リンクに登録するには不適当であると感じたからです。では、なぜそう感じたかを書きます。「通州事件を南京虐殺の免罪符として使われる場合が多い」(コピペではありませんが、著作権に問題があれば即削除します)という記述は根拠がなく中立性に疑問を感じるからです。


  1. 保護の原因となった投稿者のサイトであるという私の指摘について

これはMatunamiさんも指摘している通り、これを持って削除する理由には当たりません。上記の疑問提起を強く補強する為に付加した記述です。不適当な指摘であるとの反論に弁解出来ませんので、取り下げます。


  1. 「いかなる種類の宣伝(プロパガンダ)や擁護の場でもない」という指摘に対するMatunamiさんの「軽いジャブですよね。変に揚げ足をとられても、困るんですが」という反論について

「言葉のレトリックであった」という風に理解します。了解しました。


  1. 幻の「左派系コミュニティ」について

Matunamiのサイト内で、他のサイトを紹介する記述があります。そこで紹介されたサイト主催者の名前(ハンドルネーム)と同じ名前の赤字ユーザーがMatunamiさんが提示し議論が交わされているノートにおいて、Matunamiさんの主張に沿う意見投稿をしたのを見ました。
それはアンフェアであると感じたので、その旨の苦言を呈したつもりです。「レッテル貼り」と「連携した投稿との思い込み」があると思います。確実性の欠いた投稿です。


  1. peace系アラシ

この言葉の意味が私には分かりません。調べるにしても、どうすればそれについて説明したサイトがあるのか全く分かりません。これはMatunamiさんの説明不足もあるのではないかと思います。


  1. 私は、Wikipediaにおいて、「自分の意見をさも大勢の人々の共通認識であるかのように言葉を濁」していますか?

『私のWikipediaでの編集は、「客観的事実」と「広く認められた見解」の範囲を超えていないつもりですが』
『何をおっしゃっているのか、よくわかりません。ロムの方も、同じ感想であると思います。』
具体的にそれに当たると私が考える記述を挙げてみました。

これとは別に私の意志を自己解釈し勝手に推論して理論展開をしています。
『参考までに。Mixiには「今日からあなたも編集者・ウィキペディア(フリー百科事典)で応援!」というトピが立っており、「右派」の方々が、「組織的に」Wikipediaへの「進出」を狙っているようです。あなたは当然、これはWikipediaにとって大変な問題行為である、と認識されると思います。 』
『あなたから見ると、きっと日本政府の見解は、「旧日本軍に関わるコラムを一方的な視点(戦後左派視点)で解説している」ことになるのでしょうね』
『私はいろいろな見解のところにリンクを貼って構わないと考えておりますが、あなたの見解に従えば、このようなサイトへのリンクも削除しないといけませんよね』
上記は全て曲解です。


  1. いろいろな見解のところにリンクを貼って構わない

Wipedia:ウィキペディアは何でないか『外部リンク集ではありません。もちろん、執筆するときに参考にしたサイトなどのリンクを付け加えることは全く問題ありません。 』
外部リンクは上記の方針を踏まえるべきです。


出来るだけ具体的に書きました。私の反対理由に反対の場合など納得出来ない点があればまたお願いします。Saladdays 2007年4月21日 (土) 04:59 (UTC)

続:外部リンクについて[編集]

議論があまりに膨大になりましたので、節を改めます。

一応書いておきますが、このようなリソースの無駄遣いとしか思えない「議論」を継続することは、私の本意ではありません。以下はすべて、Saladdaysさんが書いてきたことに対する、「おつきあい」です。


>リンク先の一番上に掲載されている文章が、Wikipediaの外部リンクに登録するには不適当であると感じたからです。では、なぜそう感じたかを書きます。「通州事件を南京虐殺の免罪符として使われる場合が多い」(コピペではありませんが、著作権に問題があれば即削除します)という記述は根拠がなく中立性に疑問を感じるからです。

この点、私はさんざん説明しました。果たして私の書いたことをちゃんと読んでいただけたのかなあ、と徒労感を覚えてしまったのですが、ここではロムの方むけに、視点を変えて論じてみましょう。

最初に、聞いておきます。あなたは、当時の日本の「華北分離工作」、また、「冀東防共自治政府」の性格を、きちんと理解していますか? もし万一、何のことやらわからないということでしたら(「歴史」にそこまで知識のない状況で「通州事件」ノートに書き込みをする方がいるとは思われませんが)、ちょっと検索して調べておいてください。以下に論じる通り、「中立性」問題について、この知識は不可欠だと思いますので。


私のサイトでも紹介しましたが、「諸君」等で大活躍の右派論客、秦郁彦氏の記述です。まさか、この方をご存知ないということはありませんよね?

>この種の残虐事件で、今もよく引き合いに出されるのが、盧溝橋事件から三週間後に北京近郊の通州で起きた邦人虐殺事件である。死者百二十数人と数も多く、その惨状を見聞きして敵愾心を高めた京都第十六師団の兵士が、華中に転戦して南京で報復したという説すらある。当時の日本の新聞も大々的に宣伝したものだが、実は日本のカイライ政権である冀東政府の保安隊が、日本機に通州の兵舎を誤爆され、疑心暗鬼となっておこした反乱によるもので、いわば飼犬に手を噛まれたようなもの。さすがの日本軍も、殷汝耕政府主席の費任は問えなかった(戦後、漢奸として処刑)。
ところが、今でも南京虐殺が話題になると通州事件を持ち出Lて相殺しようとする人が少なくない。中村氏はさすがにパスしたが、本誌十月号の「まいおぴにおん」欄で、田久保忠衛氏が「冀東政府の所在地だった通州などで日本人が受けた惨劇はどう考えたらいいのか」と相殺論を展開している。おそらく中国人が日本人を集団虐殺した唯一に近い「例証」として、今後も長く通州事件は語りつがれるのではあるまいか。
>アジアでもっとも温和な仏教徒との定評があったカンボジアでポル・ポトの大虐殺が起きたように、残虐性と民族性を結びつける議論は成り立たぬし、不毛だと筆者は考える。そうだとすると、○○人も日本人を惨殺した、というたぐいの情報集めに血まなこになる必要もない、というものである。

私の記述は、この秦郁彦氏の見解に沿ったものです。私はこれは、ひとつの「観点」として、十分な説得性を持つものであると思いました。「右派」の方ですらこのように論じているわけですので、私は、あなたの「通州事件を南京虐殺の免罪符として使われる場合が多い」という記述は根拠がなく中立性に疑問を感じるからです」という記述は、「一方の観点」に偏った、あなたの単なる「主観」であると思います。


前にも書きましたが、そもそもあなたは、Wikipediaの「中立性の観点」を取り違えているのではないでしょうか。

>これは、すべての記事は特定の観点に偏らずあらゆる観点からの描写を平等に扱い、中立的な観点に沿って書かれていなければならない、というものです。

>基本的には、偏りのない(中立的な観点から)記事を執筆するということは、特定の観点からの意見を主張するかわりに、論争における様々な立場を公正に説明することです。

Wikipediaは、「あらゆる観点からの描写を平等に扱」うことを、「中立的な観点」の定義としています。従って、「あらゆる観点」のサイトにリンクを貼ることは、「中立的な観点」の精神に沿ったものです。逆に、「一つの観点」を排除して、「特定の観点」のみにリンクを貼ることは、Wikipediaの「中立性」に違反します。

「記事」自体では、「あらゆる観点からの描写を平等に扱」うように心がける。リンクは、その「あらゆる観点」のサイトに、「平等に」リンクを貼る。そういうことで、何の問題もないと思います。


そもそもの話、「通州事件」、あるいは「南京事件」関係で、あなたの言う「中立性」を満たすようなサイトが、存在していますか?

「通州事件」関係のリンク先につき、見直してみましょう。私のサイト以外は、こんな感じです。(なお、このうちいくつかのサイトは、既にリンク切れとなっています。また、同じサイトに2つのリンクが貼られています。「リンク」を論じるのであれば、こちらの方が問題である、と私は思います)

・「Mr凡人」「消された通州事件」(ダブリですね)・・・「事件」の背景を形成した「華北分離工作」「冀東防共自治政府」についての記述が全くなく、また、そもそも「中国人の保安隊」が日本の傀儡政府の「飼い犬」であったことにも触れずに、「中国はけしからん」調の一方的な記述になっています。そして最後の「国際法違反」云々については、明らかな「勘違い」です。「冀東防共自治政府」の「国内問題」が、どうして「国際法違反」ということになってしまうのか、理解に苦しみます。

・「支那人が避けて通る恥部 ─ 通州事件」・・・上に同じ。そもそも「支那」という一般的ではない用語を使う時点で、もう「中立的」ではありません。

・「誰が昭和を思わざる 惨たるかな通州事件」「支那人が絡んだ日本人虐殺事件」・・・もうリンク切れとなっていますが、確か上のふたつと大同小異の内容であったと思います。「事件」の背景を無視して、「中国はけしからん」調の、一方的な視点に立ったものです。

で、もう一度、お伺いします。このようなサイトへのリンクを維持して、私のサイトへのリンクのみを削除しようと考える理由は、一体何ですか? 念のためですが、私はこのようなサイトへのリンクの削除を主張しているわけではありません。「あらゆる観点」のひとつである、と思うからです。 ゆう(matunami) 2007年4月21日 (土) 16:19 (UTC)


以下は「蛇足」のようなものですが、あなたが「議論」を継続してきましたので、一応おつきあいしておきます。


>Matunamiのサイト内で、他のサイトを紹介する記述があります。そこで紹介されたサイト主催者の名前(ハンドルネーム)と同じ名前の赤字ユーザーがMatunamiさんが提示し議論が交わされているノートにおいて、Matunamiさんの主張に沿う意見投稿をしたのを見ました。 >それはアンフェアであると感じたので、その旨の苦言を呈したつもりです。「レッテル貼り」と「連携した投稿との思い込み」があると思います。確実性の欠いた投稿です。

要するに、「私のサイトのリンク先のサイト主が同じ記事のノートに書き込みをしていた」というだけの話ですね。あなたが最初におっしゃった、「また、Matunamiさんの主催する左派系コミュニテティー参加者が、Matunamiさんを含め複数人でノートに寄稿しているのを他の記事で見掛けました」とは、全然違っているじゃありませんか。

あなたの投稿履歴を調べてみて、ようやく発見しました。なあんだ、タラリさん、「ベトナム戦争の混血児問題」のノートに投稿していたんですか。全然知りませんでした。なお、「レイプ」と「出産」の関係について、私とタラリさんは「思考錯誤」上で何度も意見交換をしておりますので、見解が似てくるのは当たり前の話です。


しかし、私の最後の書き込みは、2006年7月15日。この時私は、はっきりと「撤退」を宣言しています。そしてタラリさんの書き込みは2007年4月16日で、何と私の「撤退」から9か月もあとです。

これが、あなたにかかると、「また、Matunamiさんの主催する左派系コミュニテティー参加者が、Matunamiさんを含め複数人でノートに寄稿しているのを他の記事で見掛けました」という話に化けてしまうわけですか。無茶苦茶です。

蛇足ですが、結構この議論、面白そうです。ヒマができたら、私も参加してみましょう。率直に言いますが、あなたのあそこでのご意見は、ちょっと無理があるものであると私は思います。


>peace系アラシ

>この言葉の意味が私には分かりません。調べるにしても、どうすればそれについて説明したサイトがあるのか全く分かりません。これはMatunamiさんの説明不足もあるのではないかと思います。

そうか、あなたはWikipediaの「新参者」であったわけですね。それでは確かに、この、Wikipediaコミュニティを揺るがした大規模な「アラシ」の存在を、ご存知なかったのかもしれません。

peace氏は、2年も前に、「無期限投稿ブロック」の措置を受けました。従ってこれ以降、Wikipediaに投稿する資格を失っているわけですが、彼は、次から次へと「ソックパペット」を作成して(彼が作成したアカウント数は、少なくとも500は超えていると思います。11月、12月には、それぞれ月間アカウント生産数がゆうに100を超えましたから)、近現代史系の記事を中心に、滅茶苦茶なアラシを行いました。

その結果、Wikipediaの近現代史系の記事は、ほとんどが「保護」に追い込まれてしまいました。このアラシ対策に、Wikipediaコミュニティは、多大な時間と労力を投入せざるをえませんでした。ささやかながら、私もその一翼を担っています。

でも私は、最初の投稿で、「本件の保護は、無期限ブロックユーザーpeace系のソックパペット群(2006=渚=Lover=いいちご)のアラシが原因となっています」ってはっきりと書いていますよね。あなたは、私への「非難」を継続する前に、これらのアカウントの利用者ページを調べる、ということさえもされなかったのでしょうか? 調べれば、すぐに[Wikipedia:進行中の荒らし行為/長期/Peace/temp]に辿りつけたはずなんですが。


>私は、Wikipediaにおいて、「自分の意見をさも大勢の人々の共通認識であるかのように言葉を濁」していますか?

>『私のWikipediaでの編集は、「客観的事実」と「広く認められた見解」の範囲を超えていないつもりですが』 >『何をおっしゃっているのか、よくわかりません。ロムの方も、同じ感想であると思います。』 >具体的にそれに当たると私が考える記述を挙げてみました。

>これとは別に私の意志を自己解釈し勝手に推論して理論展開をしています。

>『参考までに。Mixiには「今日からあなたも編集者・ウィキペディア(フリー百科事典)で応援!」というトピが立っており、「右派」の方々が、「組織的に」Wikipediaへの「進出」を狙っているようです。あなたは当然、これはWikipediaにとって大変な問題行為である、と認識されると思います。 』

>『あなたから見ると、きっと日本政府の見解は、「旧日本軍に関わるコラムを一方的な視点(戦後左派視点)で解説している」ことになるのでしょうね』

>『私はいろいろな見解のところにリンクを貼って構わないと考えておりますが、あなたの見解に従えば、このようなサイトへのリンクも削除しないといけませんよね』 >上記は全て曲解です。


率直に言います。私は、このあなたの書き込みに、頭を抱えました。おそらくロムの方は、10人中10人、私の真意を理解したものと思うのですが。

別に私は、以上のことを「あなたの意見」である、と思っているわけではありません。あなたの言うことを論理的に推し進めるとこういうことになりますよ。でもこれ、たぶん、あなたの真意とは違うでしょう? この自己矛盾を、あなたはどう解決するんですか? 私は、そのように問いかけているわけですよね。

私は、こんなことまでいちいち説明しないといけなかったのでしょうか。「議論」以前の問題です。


で、私の言っていることは、「記事空間」における私の編集内容のことです。「記事空間編集」の「準備段階」でしかない「ノート」での発言を、いちいち問題にされても困ります。

もう一度、お伺いします。私は「記事空間」の編集において、「自分の意見をさも大勢の人々の共通認識であるかのように言葉を濁」していますか? また、「独自の調査結果」を「発表」していますか? もしそうでしたら、具体的にご指摘ください。


>Wipedia:ウィキペディアは何でないか『外部リンク集ではありません。もちろん、執筆するときに参考にしたサイトなどのリンクを付け加えることは全く問題ありません。 』 >外部リンクは上記の方針を踏まえるべきです。

もう、回答済みです。必要とあれば、もう一度.、説明しますが。


・・・で、まだ、続けますか? 私はもう、うんざりしています。どうしても続けるというのであれば、私はとことんおつきあいせざるをえないのですが。もし続けるつもりでしたら、メインの「リンク先」の話に限定してください。お互い、時間の無駄ですので。 ゆう(matunami) 2007年4月21日 (土) 16:19 (UTC)


もう一つ。私は、あなたの議論のスタイルに、あえて苦言を呈したいと思います。

あなたは、私のサイトのリンクを削除する提案について、最初、このように「理由」を述べました。

>保護の原因となった利用者の個人ページを外部リンクとして採用するのはどうなんでしょう。

これが全然理由になっていないことを指摘すると、今度はこのように「理由」を変えてきました。

>サイトを拝見しましたが、外部リンクに登録するには余りにも偏りすぎています。南京大虐殺など旧日本軍に関わるコラムを一方的な視点(戦後左派視点)で解説しているなど、中立な視点を重視するWikipediaには相応しくないと考えます。

これについても、私は根拠にならないことを、しっかりと説明しました。するとあなたは、今度、この「第二の理由」については何もコメントせず、今度は「第三の理由」を持ち出してきました。

>リンク先の一番上に掲載されている文章が、Wikipediaの外部リンクに登録するには不適当であると感じたからです。では、なぜそう感じたかを書きます。「通州事件を南京虐殺の免罪符として使われる場合が多い」(コピペではありませんが、著作権に問題があれば即削除します)という記述は根拠がなく中立性に疑問を感じるからです。

ここまでくると、私は、とにかく「私のサイトへのリンクを削除したい」という「結論」が先にあって、あなたは必死に「理由」をつくっているだけだ、と考えざるをえません。

さて、「第三の理由」についても、上の私の説明で消えてしまったと思います。まさか今度は、「第四の理由」「第五の理由」を持ち出してくるつもりではないでしょうね? いい加減にしてくだい、という世界です。ゆう(matunami) 2007年4月21日 (土) 23:40 (UTC)


では、外部リンクと中立性に絞ってお答えします。

私の中立である。という基準は「事実だけを書く」という事です。「南京事件の相殺によく使われる」ならばその確かな根拠を示さなければいけません。よく「識者の見解」という項を設ける記事がありますが、あれには反対です。テレビのコメンテーターのような存在は必要ありません。誤解と偏見を生むだけです。そして事実だけを書くという考え方はWikipediaの「あらゆる観点からの描写を平等に扱うこと」を害するものではありません。

上記までが私の基本的な「中立」に関する考え方です。以下からはMatunamiさんの唱える「中立」の問題点を指摘します。

Matunamiさんが自ら取り上げたWikipediaの方針は「基本的には、偏りのない(中立的な観点から)記事を執筆するということは、特定の観点からの意見を主張するかわりに、論争における様々な立場を公正に説明することです。」このように書いてあります。
Matunamiさんはこの文の最後の「論争における様々な立場を公正に説明すること」を失念されていると言わざる負えません。
「特定の観点からの意見を主張する」かわりに「様々な立場を公正に説明」しなければいけません。
これには「それがどんな立場の人間の観点であるのかという説明が必要不可欠」です。

具体的に。
「秦郁彦氏を大活躍の右派論客」と捉えたのも「氏の見解に十分な説得性を持つと感じた」のも「右派の方ですらこのように論じている」ので反対意見は「一方の観点に偏った主観」であると感じたのもMatunamiさんの主観です。「私の記述は、この秦郁彦氏の見解に沿ったものです」とMatunamiさん自身が言っています。「通州事件を南京虐殺の免罪符として使われる場合が多い」というのがそれですね。よって「事実だけを記述した説明責任のない」サイトからは除外されます。

そして、外部リンクだけが例外であるという『「記事」自体では、「あらゆる観点からの描写を平等に扱」うように心がける。リンクは、その「あらゆる観点」のサイトに、「平等に」リンクを貼る。そういうことで、何の問題もないと思います。』というMatunamiさんの主張には何の根拠もありません。

中立性を自己解釈をし、その本質を見失っているのはMatunamiさんの方です。


最後に、私が他のサイトについて何も言わない事に対し批判をしていますが、十八番違いではないでしょうか?それは駐車違反の取り締まりを受けたドライバーと同じ論法です。私は目に付いた事案から先に解決しますし、それはMatunamiさんも同じではないですか?Saladdays 2007年4月22日 (日) 02:15 (UTC)


ああ、あなたが何を勘違いしていたのか、やっと、理解できました。
いいですか。Wikipediaが「中立性」を求めるのは、「記事空間の編集」に対してです。Wikipediaには、「中立的ではないサイトへのリンクを禁止する」というルールは存在しません。従ってあなたは、私のサイトが「中立的」でないことを理由に、「削除」を求めることはできません。
以上、全く当たり前の話なのですが、一応、「例」をあげてみましょう。Wikipedia「統一教会」記事のリンク先をご覧ください。[1]
統一教会の「公式サイト」、「賛同的なサイト」、「批判的なサイト」の3部から構成されています。あなたの「中立性」の定義からすると、この中に「事実だけを書」いてある「中立的」なサイトは(この定義は明らかにおかしいのですが、とりあえずここでは問題にしません)存在しません。はっきりと、「賛同」「批判」いずれかの「立場」を表明しています。
まさかあなたは、この「リンク集」は問題である、とは思いませんよね。このリンク集は、「特定の観点に偏らずあらゆる観点からの描写を平等に扱」うというWikipediaのポリシーに沿った、「中立的」なものであると思います。
もし万一、問題であるとお考えでしたら、ここのノートで、「統一教会に賛同する(批判する、でもいいです)サイトは「中立的」でないから全部リンクを削除しよう」という提案を行なってみてください。まず、相手にされることはないでしょう。


話はこれでお終い。あと、本論に関係のない蛇足ですが、あなたは「南京事件」に関する掲示板を見たことがないのでしょうか。「通州事件を南京虐殺の免罪符として使われる場合が多い」なんてことは、いちいち説明の必要もない、「常識」であると思います。嘘だと思ったら、ちょっと検索してみてください。ゆう(matunami) 2007年4月22日 (日) 05:37 (UTC)

Wikipediaが「中立性」を求めるのは、「記事空間の編集」に対してです。「中立的ではないサイトへのリンクを禁止する」というルールは存在しません。
というのは重大なことなので、Wikipediaのどこに定義されているのか、よろしければ教えて頂けませんでしょうか?色々ページを見回しましたが、見付かりません。ナビのメインページの基本方針から辿っているのですが。もし、そういった記述があれば私の疑問提起は破綻します。Saladdays 2007年4月22日 (日) 06:15 (UTC)


「Wikipedia:中立的な観点」の冒頭の文章です。当然、お読みになっているものと思っていたのですが・・・。[2]
>中立的な観点 (NPOV, Neutral Point Of View) はウィキペディアの根本的な方針のひとつです。これは、すべての記事は特定の観点に偏らずあらゆる観点からの描写を平等に扱い、中立的な観点に沿って書かれていなければならない、というものです。この方針は記事以外のテンプレート、ポータルなどにも適用されます。
逆に言えば、「すべての記事」と「テンプレート」と「ポータル」以外は対象としていない、ということですよね。ごくごく当たり前の話であると思うのですが・・・。
先に、「統一教会」のリンク先の例を出しました。もしWikipediaコミュニティに「中立的でないサイトへのリンクを禁止する」というルール(あるいは「暗黙の了解」)が存在するのであれば、そもそもそんな「リンク集」は成立しえません。
当たり前の話で、HPなりブログなりを作成する方は、何か「意見」を持っているからサイトを作成するのです。「意見」が書いてあったら「中立的」ではない、従ってリンクはできない、なんて話になったら、リンク可能なサイトはほとんどなくなります。ゆう(matunami) 2007年4月22日 (日) 06:37 (UTC)
Wikipedia:外部リンクの選び方#中立的な観点にそのあたりが書かれてますね。Saladdaysさんがするべきは中立的でないと思った外部リンクの削除ではなく、別の観点から書かれた外部リンクを追加してバランスを取ることではないでしょうか。--MikeAz800o 2007年4月22日 (日) 06:54 (UTC)


本当だ。「すなわち、ある特定の観点を主張する外部サイトへのリンクを禁止する根拠とはなりません」と、はっきりと書かれていますね。ご教示、ありがとうございました。
余談ながら、この記事のリンク集に関しては、私のサイトの側の方が「圧倒的少数」であるように思いますが(笑)。ゆう(matunami) 2007年4月22日 (日) 06:59 (UTC)


う~ん。Wikipedia:外部リンクの選び方を読むと、若干私の理解不足があったようです。この点については、訂正します。
まず、こういう規程があるのですね。
>外部リンクの選択に際しても、ウィキペディアの3大方針である中立的な観点、検証可能性、独自の研究を盛り込まないの指針を適用すること。
しかしこのルールは、機械的に適用されるものではありません。これに続いて、このような記述があります。
>第1項、第2項については、掲載すべきでない外部リンクは中立的観点、検証可能性、独自の研究を載せない、などのポリシーに適合するかどうか考える手がかりを与えてくれますが、掲載すべきでない外部リンクのどれかに該当するからといって、直ちにそのサイトへの外部リンクが排除されるわけではありません。大切なのは、情報の信頼性、検証可能性など、リンク先の内容の質や、似たような外部リンクをいくつも掲載しないことなど、上記「基本的な考え方」の各項目について慎重に吟味する事です。
>記事を執筆するに当たってはWikipedia:中立的な観点は必ず守られるべき方針ですが、これは、ある特定の観点から書かれた言説への言及を禁止するものではありません。すなわち、ある特定の観点を主張する外部サイトへのリンクを禁止する根拠とはなりません。しかしながら、外部リンクの選択においては、中立的な観点を確保するために、ある特定の観点から作られたサイトに偏って外部リンクを掲載すべきではありません。外部リンクの選択に当たっては、ある観点から書かれたサイトへのリンクを掲載するときは、別の観点から書かれたサイトへのリンクや参考文献も同じぐらい多く掲載するべきです。
従って、先の「統一教会」記事のように、多様な意見のリンク先を選定することが可能となる、というわけですね。結論としては、私の考えでよろしいようです。ゆう(matunami) 2007年4月22日 (日) 07:24 (UTC)

色々と未見の部分が大きく、これからの執筆の参考にさせて頂きます。
それはそれとして、掲載すべきでない外部リンク第4項
「記事に加筆しようとしている利用者自身が所有、管理、または執筆を行っているサイト。これはWikipedia:中立的な観点を確保するための基準です。 」
の一文に関してはどう考えられますか?
サイトが外部リンクに登録された以降にもMatunamiさんは記事の編集をされていますし、これからこの記事に加筆する可能性もあると思います。これ以上は私自身にも一部事実誤認がありましたので積極的に議論を続けるのは気が引けますが、これからの執筆の参考になると思います。お答え願えますでしょうか?勿論、Matunamiさん以外のご意見も伺いたく思います。Saladdays 2007年4月22日 (日) 07:46 (UTC)

私もいまそこに気付きました。これは‥‥抵触してしまいますね。ただそれだけが理由で、有用かも知れない外部リンクを拒否してしまうのも損失だと思うのですが。--MikeAz800o 2007年4月22日 (日) 07:49 (UTC) (追記)やはり過去にこの議論はありました。ノートページの過去ログによれば、完全にアウトな「禁止される外部リンク」と違い、「掲載すべきでない外部リンク」の方は「掲載してよい外部リンク」との兼ね合いらしく。「すべきでない」に該当しても、「してよい」の1・2の観点から掲載可と判断することは可能なようです。場合によるようですね。--MikeAz800o 2007年4月22日 (日) 08:06 (UTC)

>記事に加筆しようとしている利用者自身が所有、管理、または執筆を行っているサイト。これはWikipedia:中立的な観点を確保するための基準です。

には、このような解説が付されています。

>ウィキペディアがより広く認知されるにつれて、自らが運営に関係しているサイトへの外部リンクをウィキペディアの記事に掲載することによって、サイトへのアクセスを増やしたいと多くの人が考えるでしょう。しかし、そのサイトが商業目的(アフィリエイト等を含む)であれ非営利目的であれ、掲載してよい外部リンクの第1項および第2項に当てはまらないものに関しては、そのサイトへの外部リンクは排除すべきです。もしあなた自身が運営に関わっている、あるいは、個人的に応援しているサイトへの外部リンクが当該記事にとって非常に有益であると考えたとしても、意図するとせざるとにかかわらず、あなたの判断が中立的でない可能性があります。このような場合は、サイトへのリンクは最大限自制すべきであり、掲載する前にまずは上記の基準を十分に吟味してください。リンクを掲載する前にノートページで他の利用者にリンクを張るべきか否か意見を聞くことも有益でしょう。

普通に解釈すれば、「自分で自分のサイトにリンクを貼ってはだめだよ」と趣旨であると思いますが・・・。私は自分で、自分の記事にリンクを貼ったわけではありません。

さらに言えば、私の記事へのリンクが行なわれたのは2004年3月3日。私のこの記事への初投稿は、2006年2月19日でした。私がこちらに投稿したら、2年も前に自分のサイトに貼られたリンクを削除しなければならない、というのもおかしな話ですよね。リンクが貼られた時、私は、「記事に加筆しようとしている利用者」ではありませんでした。以上、問題はないものと考えます。


余談ですが、私のサイトは、第2項「情報の信頼性、検証可能性などにおいて書籍や学術論文などと同等の水準を保っており、出典、参考文献として掲げるに値するサイト」の要件は十分に満たしているものと自負しています。たぶんその方も、そう判断したから、リンクを貼っていただいたのでしょう。ゆう(matunami) 2007年4月22日 (日) 08:12 (UTC)

少し間を空けてしまいましたが、取り敢えず、私からは当該リンクを外すような事はしないようにします。他の方がこのログを読んでどう判断するかは分かりません。外す、外さない、どちらの意見もありだと思います。
話は変わりますが、保護の原因になっているpeace系の荒らしは収まったのでしょうか?そうであれば解除の方向に向けて行きたいと思います。Saladdays 2007年4月26日 (木) 15:36 (UTC)


経緯 まとめ[編集]

さて、ロムの方むけに、ここまでの展開をまとめておきます。

1.最初は、Saladdaysさんの、「保護の原因となった利用者の個人ページを外部リンクとして採用するのはどうなんでしょう?」という主張から始まりました。

 私はこれに対して、①「保護の原因」はpeace系アラシであり、私に「原因」を求めるのは筋違いであること、②そもそも「保護の原因となった利用者の個人ページを外部リンクとして採用してはいけない」などというルールはWikipediaには存在しないこと、を説明しました。これに対しては、Saladdaysさんも自分の主張の無茶を認めざるを得ませんでした。


2.この「理屈」でダメと見るや、今度はSaladdaysさんは、

>サイトを拝見しましたが、外部リンクに登録するには余りにも偏りすぎています。南京大虐殺など旧日本軍に関わるコラムを一方的な視点(戦後左派視点)で解説しているなど、中立な視点を重視するWikipediaには相応しくないと考えます。

と、今度は私の「思想」問題に論点を移してきました。

私はこれに対して、「「通州事件」とは何の関係もない「南京大虐殺」に関する私の見解を取り上げて、「通州事件」へのリンクを禁止しようというのも、無茶な話です」と説明しましたが、Saladdaysさんからは何の反論もありませんでした。

ついでに言えば、日本政府見解や右派論客秦郁彦氏あたりの見解に沿った私のページを「一方的」と決め付けるSaladdaysさんの視点こそ、「一方的」と呼ぶべきものでしょう。


3.これでもダメと見るや、またまたSaladdaysさんは主張を変えてきました。今度は、こうです。

>リンク先の一番上に掲載されている文章が、Wikipediaの外部リンクに登録するには不適当であると感じたからです。では、なぜそう感じたかを書きます。「通州事件を南京虐殺の免罪符として使われる場合が多い」という記述は根拠がなく中立性に疑問を感じるからです。

そんなもん、「中立性に疑問を感じる」根拠になるかあ? というのが普通の感覚でしょう。だいたい、「通州事件を南京虐殺の免罪符として使われる場合が多い」なんてことは、右派左派を問わず、「南京」論議に携わる方の常識です。本当に知らなかったのかなあ。

面倒なので、私は一点だけ指摘しました。Wikipediaの記事をまともに編集した経験があれば、普通は「常識」として身についていることであるはずなのですが・・・。

>Wikipediaには、「中立的ではないサイトへのリンクを禁止する」というルールは存在しません。従ってあなたは、私のサイトが「中立的」でないことを理由に、「削除」を求めることはできません。

さすがにこれには、Saladdaysさんも、参った、といわざるをえませんでしたね。


4.それでもなお、Saladdaysさんは諦めません。ついに4つ目の「理屈」です。

>掲載すべきでない外部リンク第4項 >「記事に加筆しようとしている利用者自身が所有、管理、または執筆を行っているサイト。これはWikipedia:中立的な観点を確保するための基準です。 」 >の一文に関してはどう考えられますか? >サイトが外部リンクに登録された以降にもMatunamiさんは記事の編集をされていますし、これからこの記事に加筆する可能性もあると思います。


リンクが貼られたのは3年前。私のこの記事の初編集は1年前。その間に2年もあります。私は、編集に参加したら、2年前に自分のサイトに貼られたリンクを削除しなければなりません・・・って、そんな馬鹿な。

要するにこの規則は、特定個人の「宣伝」目的で、本来リンクを貼る価値がないサイトにリンクが貼られてしまうのを防止する趣旨。このリンクは私の「宣伝」目的ではありませんでしたし、また、十分リンクを貼っていただくに価するサイトである、と自負しています。従って、何の問題もありません。


以上、経過説明。Saladdaysさんも、何の異議もないと思います。ゆう(matunami) 2007年4月27日 (金) 22:22 (UTC)  


さて、今回です。さすがにこれには、私も目が点になりました。

取り敢えず、私からは当該リンクを外すような事はしないようにします。他の方がこのログを読んでどう判断するかは分かりません。外す、外さない、どちらの意見もありだと思います。

いやはや。ここまで完璧に論破されてしまったからには、自分からリンクを外すような真似はできなくなっちゃっいました。だから、誰か他の人、どうぞ私の代りにリンクを外してください。そんなホンネがミエミエですね。しばらく鳴りを潜めているpeace系、あるいはYukarin系あたりの長期アラシが見たら、喜んでこちらに飛びついてきそうです。

経過説明のとおり、これまでの「1」から「4」の理由についてはSaladdaysさんは一言も言い返せなくなりましたが、「取り敢えず」という言い方からわかる通り、おそらくこの方、また必死になって、「第5の理由」「第6の理由」を探すのでしょう。そしてまた、Wikipediaの記事を充実させること何の貢献もしない、虚しい議論が繰り返されることになるのでしょう。

Saladdaysさんは最初から、私のサイトへのリンクを外すことが保護解除申請の目的である、という趣旨のことをはっきりとおっしゃっています。明らかに紛争を呼びそうな編集を行いたい、あるいは誘発したいから保護を解除してくれ、と申請して、それが通ると本気で考えているのでしょうか。無茶苦茶です。

「保護解除申請」に、あえて賛否を表明する必要もないでしょう。「問題外」です。ゆう(matunami) 2007年4月27日 (金) 22:22 (UTC)


いったいこの方、どんな方なんだろうと「投稿履歴」を最初から追うと、どうもやはり、かなり問題のある方であるようですね。

あるところで、こんな「評価」をみかけました。「あなたのやってる事の前提がことごとく、ウィキペディアのルールなり、相手のコメントなり、自分の都合いいように曲解して物事を進めているから、こういうことになってるんです」。う~ん。そう感じたのは私だけではなかったようです。

あちこちで見当違いの「攻撃」を仕掛けては、周囲から批判を浴びて、「反論できません」「わかりました」などと、あっさりと自分の非を認める羽目になる。「自分の非を認める」こと自体は大変立派なことなのですが、こうも続くと、普通は「自分に何か問題があるのでは」と悩むものだと思います。(まあ、こう言われたからと言って、「変な言い張りをして非を認めなくなる」ようになったら、もっと困りますが)。

ノート:ベトナム戦争の混血児問題では、誰の支持も得られない、明らかに無茶な「意見」に固執する。そして「合意」に向けて何の努力をするわけでもなく、ひたすら言い張って議論を混乱させる。挙句の果て、自分が負けるに決まっているから(としか読めない)という理由で「投票」にも反対する。(!) ウィキペディアンに最も必要な資質である「協調性」を欠いた方である、と判断せざるをえません。

こちらの「通州事件」ノートを見ても、私に対して必死に「攻撃」を仕掛けてきていますが、ことごとく見当違い。これだけ膨大なログを費やしたのに、Saladdaysさんの「成果」は何にもありませんでした。対応する私が虚しく時間を無駄にするだけの結果に終わっています。

なお、この膨大な議論の中で、結局Saladdaysさんの口から「通州事件の記事内容に関する議論」を聞くことは全くありませんでした。要するにこの方、「記事」そのものには何の関心もなく、ただ私のサイトを攻撃したかっただけだ、と理解します。ゆう(matunami) 2007年4月27日 (金) 22:22 (UTC)


調べもので覗いた縁で少し。この「まとめ・経緯」は対論者を貶め揶揄するのが主のように解釈されても仕方の無い表現が多く使われているようですよ。「攻撃」したいのはゆうさんも同じに思えます。……まあ、それは置いといて。「通州事件を南京虐殺の免罪符として使われる場合が多い」という記述の根拠を秦氏の言葉に求めているようですが「相殺」と「免罪符」「多い」と「少なくない」は別の表現です。更に、この言葉は秦氏の私見でしかありません。また、ゆうさんは『右派左派を問わず、「南京」論議に携わる方の常識です』と断言されていますが、それは一個人の主観に過ぎません。現在提示されている資料からでは「日本の現代史家秦郁彦氏は『南京虐殺が話題になると通州事件を持ち出して相殺しようとする人が少なくない』と主張している」等、「意見の存在」を記述出来る程度でしょう。そもそも疑問なのですが……「免罪符として使う」とは?近年、隣国で、愛国無罪なんて主張がありました。これは「国を愛することから行われる蛮行に罪はない」とされる為、愛国心を免罪符と使用していると言えます。つまり、通州事件を免罪符として使うということは、通州事件の復讐だから南京大虐殺は許されると主張するようなことを指すとも受け取れます。……「南京」議論で通州事件で日本人が虐殺されたから、南京で日本兵が虐殺を行っても問題は無いという主旨の発言はかなり稀では?例えば、日本兵の個人犯罪の存在は左右の論者が認めているものですが、通州事件で被害にあったから、南京で犯罪を犯した日本兵に罪は無いと主張する人は見たことがありません(便衣兵だからという話は聞きますが)。「南京事件」を大きく喧伝し批判しているのに、なぜ同じ虐殺事件の「通州事件」は問題にしないんだ。というような主張なら良く見ます……が、これは不公平さに対する問題提起であって、免罪符に使っているとはまた別の話ですよね?(通州事件があるから罪は無い。罪は減じられる等の主旨は入っていませんし)Torannep 2007年10月30日 (火) 23:05 (UTC)

一応確認しておきますと、記事本文中には「通州事件を南京虐殺の免罪符として使われる場合が多い」という文言はありませんし、またこの文言を本文に追加しようと提案している方もいません。従ってノートでこんな議論をしても意味はありません。前は私に対する「攻撃」についついおつきあいしてしまったのですが、今回はたいした「問題」でもありませんし、これ以上のリソースの無駄は、やめておきましょうや。
念のためですが、①前回、いきなり私に対する「攻撃」を始めたのは、相手の方です。②「あなたから保護解除を依頼してください。そうしたら私はあなたのサイトへのリンクを削除してあげます」なんて、とんでもなく非常識な発言で私にケンカを売ってきたのも、相手の方です。③そして、「削除」理由が否定されても否定されても、「理由」をとっかえひっかえして執拗に「削除」の主張を繰り返し、私に消耗を強いたのも相手の方です。この状況で、私の方にのみ非難を行うこの方の「思い入れ」が如何にあるかは明らかですね。
以上。私もあえて、内容に踏み込んでの議論は避けましたので、どうぞ、これ以上のリソースの無駄遣いはご遠慮ください。ここまでにしておきましょう。ゆう(matunami) 2007年11月10日 (土) 01:09 (UTC)
失礼しました。では「記述」を「主張」と訂正させて頂きます。何にせよ『通州事件の復讐だから南京大虐殺は許される』というような通州事件を南京事件の免罪符として使用している例は稀であることは納得いただけたでしょうか?。……確かに、記事に載せる必要が無い文言だと誰もが判断しているのならば議論を重ねる必要もありませんね。この話(通州事件と南京事件の関係)については終わりにしましょう。
『前回、いきなり私に対する「攻撃」を始めたのは、相手の方です』とのことですが。……それは『相手が攻撃してきたから自分の攻撃は許される』という意味で主張されるのなら、それこそ相手の攻撃を「免罪符に使っている」と判断されてしまうと考えます。身体を使っての喧嘩と異なり同レベルで反撃する必要はありませんから(相手が通州で民間人を虐殺したから、日本軍も南京で民間人を虐殺していい等の理屈が通らないように)。勿論、「自分も相手も同レベルで批判すべきだ」という主張ならば違います。後者と判断しましたが宜しいでしょうか?――もう一度言いますが『対論者を貶め揶揄』する言葉を重ねているのはどちらも同じ、同レベルだと考えます。
『私の方のみ非難を行うこの方』というのはもしかして自分(torannep)の事でしょうか?……自分は『「攻撃」したいのはゆうさんも同じに思えます』と述べています。これはゆうさん「のみ」を非難している文言ではありません。「免罪符」に関して反論を提示したのは、どちらに味方する、思い入れがあるという話では無く、単に『「通州事件を南京虐殺の免罪符として使われる場合が多い」なんてことは、いちいち説明の必要もない、「常識」であると思います』という主張は違うと判断したからに過ぎません(また、この主張から記事への免罪符の記述追加を求める意思があるのでは無いか?と感じたというのも理由です。この点に関しては誤解とのこと、申し訳ありません)。ゆうさんを「非難」している訳ではありませんよ?リンク云々の根本的な問題に関してはゆうさんと同意見ですが、それは過去の議論過程で証明されている為、重ねてこちらで表明するまでも無いと考えました。Torannep 2007年11月10日 (土) 02:20 (UTC)
言いたいことはいろいろあるのですが、私から終了宣言をしてしまっていますし、またWikipediaの記事に関係のない議論でリソースの無駄遣いをするわけにもいきませんので、これでクローズします。ノートページがあまりに膨大になっていますし、またpeace系の遊び場になりかねない状況ですので、適当な時期に過去ログ化しておきたいと思います。ゆう(matunami) 2007年12月21日 (金) 19:40 (UTC)


「まとめ」の「おまけ」[編集]

議論の途中のところに突然割り込み投稿がありましたので、時系列と可読性を確保すべく、こちらに移します。-ゆう(matunami) 2007年12月21日 (金) 19:40 (UTC)

たとえ情報の信頼性、検証可能性などを充たす書籍や学術論文、資料などを引用していたとしても、サイト執筆者Matunami氏が取捨選択したものであり、そして何よりもMatunami氏の意見、主張が展開されているものであるから「独自研究を載せない」に反する。この場合、著名人のサイトならば可能だが、本件はいわば無名人の「自己出版物」以上のものではなく「掲載すべきでない外部リンク」に該当する。他所にもMatunami氏のHPが複数見られ、上記の宣伝行為にも該当する。狂大 2007年12月20日 (木) 07:39 (UTC)

いかにも手抜きのアカウント名。利用者名空間のおざなりな編集、もしくは無編集。特定のユーザーの投稿履歴を追ってのいやがらせ。「独自の研究」のおかしな解釈。この方、明らかなpeace系ですね。大体、Wikipedia初心者が突然「独自の研究」云々と言い出すことなど、ありえません。
で、「独自の研究」については、私はpeace系と、別記事でさんざん議論したはずなのですが。あまりに無茶な言い分なので解説するのも面倒ですが、一応。
そもそも「意見、主張が展開されているものであるから」「独自の研究」であり、リンク先から排除されるべきである、というのも乱暴ですよね。普通HPというのは何らかの「意見・主張を展開」するために作られるものですから、これではほとんどのHPが「独自の研究」ということになり、Peace系の主張に従えば、Wikipediaからリンクできるサイトはほとんど存在しなくなってしまいます。
(余談ですが、私の「通州事件」コンテンツは、「事件の背景、および歴史学者の見方」を紹介した「資料集」であるに過ぎません。私のコメントは、たったの15行。とても「独自」に「研究」を行っている、というレベルにはないのですが(^^;)


そして、「独自研究は行わない」は、記事空間で具体的な記事を書く時に問題になるルールです。「独自研究を行っているサイトにリンクを貼ってはならない」というルールは存在しません。「外部リンクの選び方」には「掲載すべきでない外部リンク」一覧が掲載されていますが、どこにも「独自研究を行っているサイト」へのリンクを禁止する、との文言はありません。
まあ常識的に、あまり変な「研究」を行っているサイトにリンクを行うことは、「出典、参考文献として掲げるに値するサイト」かどうか、という観点から問題でしょうが。
もし「外部リンクの選び方」で「独自研究」云々が問題になってくるとするならば、恣意的に偏ったリンク先を選定することにより、結果として記事内容が「独自の研究」になってしまう場合でしょう。


参考ですが、「外部リンクの選び方」にはこうありますね。
記事を執筆するに当たってはWikipedia:中立的な観点は必ず守られるべき方針ですが、これは、ある特定の観点から書かれた言説への言及を禁止するものではありません。すなわち、ある特定の観点を主張する外部サイトへのリンクを禁止する根拠とはなりません。
要するに、バランスよく「外部リンク」を選定すればよいのです。ついでですが、「通州事件」記事からほとんど同一内容のサイトに5本もリンクがある、というのはいかにもバランスが悪いように思います(^^)。(うち2本はリンク切れ、2本は同一サイトなのですが)


「宣伝」云々についても、過去に議論済みです。別に私が「宣伝」のために自分でリンクを貼ったわけではありません。たぶん、「外部リンクの選び方」でいう「出典、参考文献として掲げるに値するサイト」と思われたから、リンクしていただいたのでしょう。
私もpeace系と時間の無駄でしかない議論をしたくはありません。以降、peace系ユーザーが何か書いてきたら(たぶん次は名前が変わっているでしょうけれど)、投稿ブロックの方針3.3.5に従い、黙って削除することにします。万一ご自分がpeace系でないと主張するのであれば、ご自分の疑惑を晴らすために、CUへの同意をお願いします。ゆう(matunami) 2007年12月21日 (金) 19:40 (UTC)
「独自研究を載せない」は記事内容に関してなので、リンク先に独自研究・無名の個人の意見が掲載されている事自体は問題ありませんよ>狂犬さん
ゆうさんもpeace系とレッテルを貼りまくるのはどうかと。それは「お前は無期限投稿ブロックユーザーが名前変えただけだろ」と決め付けている言動な訳ですしね。決め付けた根拠もゆうさんの主観に基づいており薄弱です。CUを求めうる正当な動機が存在するとは思えません。Torannep 2007年12月22日 (土) 04:10 (UTC)
私が「peace系認定」に慎重であることは、コミュニティでは結構知られていると思うのですが・・・。私がその「認定」を行う以上は、全投稿履歴を追って「peace系の投稿のクセとの一致」を確認する、複数のアカウントが同時登場している時にはそれぞれの投稿履歴をエクセル表にコピーしてソートをかけて精査する、程度のことは当然やっています。
例えば、4つのアカウントが15分の間に作成され、かつそれが全部同一の編集傾向を持つ、なんて「偶然」、ありうると思いますか? アカウント名に「狂」の字をつけるようなユーザー、あるいは「おーいお茶」なんてアカウント名を持つユーザーが、まともなユーザーであると思いますか?(明らかな「捨てアカウント」ですよね)
そもそもの話、「私の投稿履歴の跡を追って、一件一件いやがらせの編集をして回る」なんてトンデモユーザーが他に存在するとも思われません。私は過去、peace系に数え切れないほど「これ」をやられました。Torannepさんもご了解の通り、ここでのpeace系の発言、明らかに頓珍漢ですよね。過去数限りなく繰り返されたものと同様、私に対する単純な「いやがらせ」目的であると思われます。
参考までに、過去、私が他の方のpeace系認定に対して「それは誤認である」と主張したことも、1回や2回ではありません。ちなみに「事実」として申上げますが、私が「peace系」と認定したアカウントで、ブロック後にメーリングリストで「誤認」を訴えてきた例は過去ありません。私が彼の立場だったらその程度の「偽装工作」はすると思うのですが、きっと新しいアカウント作りで忙しいんでしょう。(ここまで書いたら、1回ぐらいしてくるかもしれませんね)
もしTorannepさんがこのアカウントについて「誤認」の可能性があるとお考えでしたら、ぜひともこの「狂大」さんに、CUの受入を勧めてください。過去「自分はpeaceとは無関係」と主張したアカウントは多数ありましたが、「CUを受け入れる」と言ってきたアカウントは1つもありませんでした。
ついでに「予言」しておきます。過去peace系は、大量ブロックを受けると、その日もしくは翌日ぐらいに、いくつものアカウントを作成する「クセ」があります。今回も、たぶんそうなるでしょう。(これを読んでいたら、「偽装」するかもしれませんが)ゆう(matunami) 2007年12月22日 (土) 06:12 (UTC)
ついでですが、狂「犬」ではなく、狂「大」ですよ。「狂犬」ならまだありうるアカウント名かもしれませんが・・・。ゆう(matunami) 2007年12月22日 (土) 06:15 (UTC)
さらについでですが、私が今朝「peace系」と認定したアカウントの、本日の発言です。[3]私と渡辺さんとKanoeさんとTatsujin28さんとlosifさんとその他約10名ぐらいの方が、すべて同一人物である疑いがある、と言っています。すごいでしょ?(^^) 私の「指摘」に、ヤケを起こして居直ったようです。当然、即時ブロックを受けました。ゆう(matunami) 2007年12月22日 (土) 07:12 (UTC)
>狂大さん
狂「大」さんでしたか。訂正させて頂きます。失礼しました狂大さん(ぺこり)
>ゆうさん
それも主観的な「推測」に変わりはありません。ネーミングセンスに関しては別に「おーいお茶」「狂大」でもオカシイとは思いません。自分(torannep)の登録名もアイヌ語で「怠け者」ですしね。
また、仮に多重アカウントだとしても、それ自体は別に禁止されている訳ではありません。
と、これも記事には直接関係無い話題ではありますね。一応意見表明でした。では。Torannep 2007年12月22日 (土) 08:37 (UTC)


>また、仮に多重アカウントだとしても、それ自体は別に禁止されている訳ではありません

私としてはこの発言に思い切りびっくりしてしまったのですが。投稿ブロックの方針をご覧になったことがないのでしょうか?

>このため、投稿行動などから同一ユーザーであると一定以上の蓋然性をもって推測可能な場合は新たなIPアドレスやIDに対して前回の投稿ブロックと同一理由を持って投稿ブロックを実施しても良いこととします。

いったん「投稿ブロック」を受けたユーザーがソックパペットを作成して再登場したら、当然、また「投稿ブロック」を受けることになります。peace系は、この条項に基づいてブロックされ続けているわけですよね。


>それも主観的な「推測」に変わりはありません。

私はあなたのおっしゃる「主観的な推測」なるもので、今朝、5アカウントが「peace系」であると指摘しました。なかなか「対処」がされずに滞っていた案件だったのですが、あっというまに、そのうち3アカウントが、本日ブロック措置を受けました。残りは「狂大」と「おーいお茶」のみです。少なくとも私の「主観的な推測」は、コミュニティの支持を受けたようです。

残り2アカウントが私の「主観的な推測」であるかどうか。あとは、コミュニティの判断に任せることにしましょう。万一、①この2アカウントが引続きWikipediaの編集を行い、②それでもブロック措置がとられない、ということでしたら、あなたのおっしゃる通り、これは私の「主観的な推測」に過ぎなかった、いうことになるでしょう。

でもおそらく、そのようなことにはならないと思います。これだけの「材料」が揃えば、私が「投稿ブロック依頼」を行えば、おそらくコミュニティの同意を得られることと思います。管理者による対処が遅れるようであれば、私は「ブロック依頼」を提出して、コミュニティの判断を仰ぎたいと考えています。


で、あなたもおっしゃるとおり、これはもう「記事とは関係のない話題」です。私としては、あなたから「返信」が来る限り、「関係のない話題」について、再度「返信」を続けざるをえません

で、もう「返信」はやめていただけませんか? 「一応意見表明」など、こちらのノートには不要です。Peace認定に問題がある、と主張するのであれば、然るべき場があるはずです。私としては、こちらの決着済みの議論については、もう「過去ログ化」しておきたいと思います。ゆう(matunami) 2007年12月22日 (土) 14:51 (UTC)

>ゆうさん
返信するしないは個人の裁量で決めることです。書く書かないの選択肢は書き手自身にあります。
返信を止めて欲しいと思うのならば(自分は返信するか否かは書き手の自由だと考えています)、まず隗より始めよという諺を実践されては如何でしょう?
尚、多重アカウント自体が禁止では無い事は『忘れて欲しくないのですが、sockpuppet(≒多重アカウント)は一般に禁止されてはいません(利用者は複数のアカウントから編集することができます)』とCheckUserの方針[4]にある為、提示しました。Torannep 2007年12月22日 (土) 16:53 (UTC)

「多重アカウント」自体は禁止されていなくても、無期限ブロックされたユーザーがソックパペットを使って登場することは禁止されています。peace系云々の議論をする時に、「多重アカウント自体は禁止されていない」ことを書いても意味はありません。彼は、peace系であることが判明した瞬間に、ブロックされる運命なのですから。

で、話は終わったようですね。では、ここまでを過去ログ化することにします。ゆう(matunami) 2007年12月22日 (土) 17:01 (UTC)

>ゆうさん
自分は多重アカウント自体は禁止されていない、としか提示していませんよ?過去ログをきちんと読んで下さいな。では。Torannep 2007年12月22日 (土) 17:22 (UTC)
舌足らずだったので、もう少し。上記の言葉は、対象者が「peace系であるか否か」という話で出てきた話題です。peace系であることを前提にして語ってしまっては論点先取りとなります。対象者がpeace系であるかどうか確定していないという前提で「多重アカウント自体は禁止されていない」と述べているのです。違いを理解していただけると幸いです。Torannep 2007年12月22日 (土) 17:28 (UTC)

はい、了解しました。それでは、またpeace系がアラシに来ないうちに過去ログ化しておきます。ゆう(matunami) 2007年12月22日 (土) 21:22 (UTC)