ノート:永田寿康

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過去ログ[編集]


「扇と何発…」発言[編集]

この発言の情報源は高市早苗議員一人だったと当時の報道でも言われていました。それを大げさにメディアが取り上げた。永田議員本人も、松浪議員も否定しています。--七草みけ 2006年11月14日 (火) 14:26 (UTC)[返信]

異母妹の事件について[編集]

これ本人の政治活動と関係ないんじゃないですか?もし永田氏の家系図や一族郎党についてとことん掘り下げる気があるのなら、まずは実父の蒲池真澄氏のページを作ってみてはいかがでしょう?--七草みけ 2007年3月30日 (金) 05:07 (UTC)[返信]


有権者の投票行動に関係するのでは?

Wikipediaは政治演説をする場所でもなければ、ネガティブキャンペーンをする場でもありません。「有権者」を想定して書かれる内容であってはいけません。あくまでも中立的な立場の百科事典なのですから。それとノートに記述するときは署名をしてください。--七草みけ 2007年4月1日 (日) 10:22 (UTC)[返信]

その他[編集]

平成の爆弾男の節で“片山さつきは大蔵省の先輩に当たるが、永田が入省後まもなく国費留学→退職・議員立候補とわずかな期間しか同省に在籍していなかったので「憶えていない」とのこと。”の記述について、誰が誰のことを「憶えていない」のか判断しかねる文章表現のため、コメントアウトにしました。個人的には、特に記載する必要のない些事と思えるので、削除しても良いと考えますがいかがでしょうか?--花蝶風月雪月花警部 2008年3月1日 (土) 09:09 (UTC)[返信]

永田氏と片山さつき氏が初めて国会で対峙した2005年10月7日の「郵政民営化に関する特別委員会」において、最初の挨拶で永田氏は、「片山先輩、お久しぶりでございます。十年ちょっと前、私が係員だったときに補佐でおられた片山先輩の前で御説明を申し上げたのを、私はきのうのことのように思い出しております。まさか、きょうこうしてこの席を挟んでお話をする機会があるとは夢にも思いませんでした。」とのことで、主語が永田氏でないことだけは間違いありません。またさつき氏は一度人の顔を見たら忘れない特技の持ち主であるとのこと(ソースは片山さつき秘書ブログ)、それが本当ならやはりさつき氏のことでもなさそうです。--七草みけ 2008年3月1日 (土) 18:59 (UTC)[返信]

死について[編集]

新聞社の報道も出てきており亡くなったことは間違いないでしょうが、現時点で飛び降り自殺と断定できるのでしょうか。警察の捜査で遺書、遺留品が見つかれば自殺と確認できるでしょうが、現時点では昨年自殺未遂があったことなど、目撃情報などから自殺と推測して報道されているのではないかと思います。転落死であることが明らかになっても事故などの可能性も全くないとは言えないのでは読売新聞報道でも自殺と事故の両面で捜査しているようです偽メール事件で辞職の永田元議員が死亡、自殺・事故で捜査。--Tiyoringo 2009年1月3日 (土) 13:43 (UTC)[返信]

情報が錯綜していますが、上記の情報源があるからには、自殺と断定は出来ません。現状では単に転落死や死亡との表現が正しいと考えます。--FLHC 2009年1月3日 (土) 13:57 (UTC)[返信]
朝日新聞報道では、遺書らしきノートが見つかったそうです。永田元民主党衆院議員、飛び降り自殺 偽メールで辞職 --Jkakuta 2009年1月3日 (土) 15:24 (UTC)[返信]