ノート:岡部幸雄

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内田利雄がマカオダービーを勝ちましたので、「理念」の項目を一部改めました。--以上の署名のないコメントは、61.127.99.177会話/Whois)さんが 2008年5月25日 (日) 06:15 (UTC) に投稿したものです(ケンタウルスによる付記)。

「GI級」という表現について[編集]

グレード制導入前の八大競走以外の競走でグレード制導入後にGIに格付けされた競走を「GI級」とすることを避ける改変をしました。具体的にはグレード制導入前の競走が大レースかどうかの区別は八大競走かそうでないかだけで行いました。何か意見があればお願いします。-- 2008年9月14日 (日) 16:42 (UTC)[返信]

秀逸な記事の選考[編集]

議論の詳細についてはノート:岡部幸雄/秀逸な記事の選考に関する議論を参照。

注釈33について[編集]

^ 保田隆芳、野平祐二、加賀武見、武邦彦、増沢末夫に続く史上6人目の記録。 とありますが、郷原洋行騎手が抜けていると思うのですがいかがでしょうか?__SK

ご指摘ありがとうございます。訂正しました。-- 2009年8月11日 (火) 12:51 (UTC)[返信]

注釈39について[編集]

^ 従来の記録は増沢末夫の127890回。 ・・・一ケタおかしいと思うのですが。__SK

重ね重ねありがとうございます。助かります。-- 2009年8月11日 (火) 15:04 (UTC)[返信]

高橋英夫が兄弟子であるかについて[編集]

『週刊Gallop』2005年3月20日号p12、『優駿』2008年2月号p137には「兄弟子」とあります。岡部のデビュー時点での高橋の所属厩舎についてはデータがありませんが、1948年に鈴木清の父である鈴木信太郎厩舎に所属するようになったことは『優駿』2008年2月号p127,129からわかります。岡部自身に説明によると、両厩舎は実質一つの厩舎であったとのことなので、仮に高橋が鈴木信太郎厩舎所属であったとしても競馬社会において実質的に兄弟弟子であると認識されていたとしても不思議ではありません。ともかく高橋を「兄弟子」と評している文献は二つ提示しましたので、これを除去する際には否定する根拠となる文献の提示をお願いします。--Pastern 2010年8月28日 (土) 01:05 (UTC)[返信]

なるほど。そう言う事だったのですね。高橋の記事に無かったのでどうした事かと思い除去しましたが、高橋ではなく鈴木信太郎厩舎所属だったのですね。了解しました。ご教示ありがとうございます。--目蒲東急之介 2010年8月28日 (土) 03:29 (UTC)[返信]

出典[編集]

秀逸な記事なんて書いた事がない者がケチをつけるのもどうかと思いますが。気になったので。年表、成績、表彰は脚注ばかりで、各々の記録に対して出典はほとんどついてない状態です。脚注も含めて出典をつけていただければと思います。--多摩に暇人会話2015年7月12日 (日) 01:57 (UTC)[返信]