ノート:吾輩は猫である

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エピソード について[編集]

「3.エピソード」で触れられている「放心家組合」(原題:The Absent-minded Coterie)の件ですが、ざっと調べたところ「猫」連載中の1906年に出版されたようですから、漱石が作中で同作品に言及したとするのは少々無理があるのではないでしょうか。——以上の署名のないコメントは特別:投稿記録/Goodmoon さんが、2005年10月21日 (金) 09:34‎ (UTC)に投稿したものです。(利用者:Simasakonによる付記)[返信]

『吾輩は猫である』本文中で迷亭が「詐欺師の小説」を披露する11章は、バーの短編集が上梓された1906年に執筆されています。また、文芸批評家の瀬戸川猛資は、『猫』の本文では「短編集」ではなく「雑誌」と書かれていることから、短編集収録以前に雑誌掲載された『放心家組合』を、ロンドン留学中の漱石が目にした可能性を示唆しています。
(追記)ノート欄で意見を述べる時は、文末に--~~~~と記述して、署名を残すようにしてください。--カスガ 2005年10月21日 (金) 10:26 (UTC)[返信]

カーテル・ムル借用説[編集]

  • 外部サイト[1]を引用元として借用説が記載してありましたが、リンク先は匿名のwebsiteであり、内容は信頼できる情報源と対立的なものでしたので除去しました。他の信頼できる情報源に同様の記述がありましたら、両論併記の形で再度掲載頂くようお願いいたします。--大和屋敷会話2024年5月2日 (木) 06:34 (UTC)[返信]