ノート:ホルヘ・ルイス・ボルヘス

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ボルヘスの学位について[編集]

Gene H. Bell-Villada"Borges and his fiction: a guide to his mind and art"p.16にAfter receiving his Swiss baccalaureat — his highest earned academic degree — Borges spent the 1919-1921 years in Spain.(スイスのバカロレア資格─彼の最終学歴─を取得した後、ボルヘスは1919年から1921年までをスペインで過ごした)とある一方、H.W. Wilson Company"Current biography yearbook"第31巻にはOn receiving his baccalaureate at Geneva in 1918, Borges went to Cambridge University, where he prepared for a license qualifying him to teach English in Argentina.(1918年にジュネーヴで学士号を取った後、ボルヘスはケンブリッジ大学に行き、アルゼンチンの英語教員資格の準備をした)とあります。さらにTim McNeese"Jorge Luis Borges"p.30-31にはIn April 1918, the family moved to Lugano...(中略). With the move, young Jorge was unable to take his degree at the Calvin School. Instead, he finished his baccalaureate degree at a school in Lugano.(1918年4月、一家はルガーノに転居した。...中略...転居のため、ホルヘ青年はカルヴァン学院で学位を取ることができなくなり、その代わり、ルガーノの学校で学士号を取った)と書かれています。結局、ボルヘスは大学を卒業したのでしょうか、しなかったのでしょうか。また、カルヴァン学院は卒業したのでしょうか、しなかったのでしょうか。--Nodo gordiano 2011年3月18日 (金) 12:41 (UTC)[返信]

「自伝風エッセー」(1970)には「わたしたちは1919年までスイスにいた。三、四年ジュネーブに滞在した後、ルガーノで一年過ごした。私はジュネーブですでに学士号を取得しており」(『ボルヘスの世界』54頁)とありました。同書付属の年譜には1918年に「中等科を卒業」となっています(『ボルヘス伝』のほうはいま参照できません)。英語やあちらの教育制度について無知で申し訳ないのですが、1918年にはボルヘスはまだ19歳です。挙げられている文献は中等科卒業(バカロレア資格取得)のことを「学士」と言っているのではないでしょうか。大学入学や卒業に関してはエッセイ・年譜ともに言及がありません。--頭痛 2011年3月18日 (金) 13:40 (UTC)[返信]

フランス語のBaccalauréatは大学入学資格試験なのに、英語のBaccalaureateは「学士 (Bachelor) の称号」を意味するのですね。仏語版Wikipediaのfr:Collège Calvinの記事にもécole de maturité(マチュリテ[スイスの大学入学資格試験]の学校)とあるので、カルヴァン学院が大学でないことは間違いないようです(独語版記事でも分類はMittelschule[中等教育機関])。そうすると多分ボルヘスは大学には行かなかったのでしょう。--Nodo gordiano 2011年3月18日 (金) 14:57 (UTC)[返信]

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