ノート:ジンギスカン (料理)

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長野[編集]

たしか、長野県のあたりでジンギスカンをよく食する地域があったのではないかと思うのですが、どなたかご存知の方、追記願えないでしょうか。 --Hachikou 2004年11月22日 (月) 13:21 (UTC)[返信]

長野に在住していた者なんですが、長野県北部にある信州新町のあたりで食しているようです。あと、追記はどこにしたら分かりませんので、本文の追加は控えさせていただきます。Lusheeta 2004年11月22日 (月) 13:36 (UTC)[返信]
長野市信州新町での普及ですが、JA長野県のリンクが切れていたので、新たに読売新聞の2013年8月10日の記事を出典として付けてました。--Kampung-baru  Talk  2015年8月28日 (金) 23:59 (UTC)[返信]

卵とじ[編集]

<終盤に生卵を投入し卵とじ風に食するのも良い。>この食べ方は一般的だろうか?すき焼きのように甘辛いならわかるが。ちなみにこの卵とじ以外の料理法は松尾での料理法を私がまとめた。春先には地元でとれたギョウジャニンニク(アイヌネギ)を入れたりなど、基本的にタブーはないジンギスカンだが、卵は聞いたことがない。すき焼きのように甘い割り下ならわかるが。ジンギスカンのたれにはどうだろうか?Bigben 2005年6月27日 (月) 13:38 (UTC)[返信]

私も、卵とじというのは初めて聞きました。一般的ではないと思います。--Hachikou 2005年6月27日 (月) 14:45 (UTC)[返信]

「そういう事例もある」といった形に修正してみました。どうでしょう?(ログインを忘れておりましたが、211.19.82.207は私です) Yaky 2005年6月27日 (月) 15:03 (UTC)[返信]

そもそも、汁だまりにうどんなどを入れて食べるというのを初めて聞きました。私は、あの臭い脂ギトギトの汁だまりにうどんをつけて食べる気は到底おきません。まぁ、食べる人がいるのを否定はしませんが。。。。羊肉のにおいのある脂を落としておいしく食べるための工夫があの鍋と野菜なのに、本末転倒している行為のように思えます。ジンギスカンの本来の食べ方ではないと思います。--Hachikou 2005年6月28日 (火) 00:51 (UTC)[返信]

生ジンギスカンではやりませんが、味付けジンギスカンではよくやる食べ方だと思います。本文中にもありますが、羊特有の臭みはほとんどありませんし、Hachikouさんが仰るような状態(脂ギトギト)にもなりませんよ。Hachikouさんが不幸にもそういったジンギスカンに当たってしまったか、私が幸運にもそういったジンギスカンに当たった事がないのか、どちらが一般的かは他の方の話も聞いてみたい所です。調理法や肉質(ラムを使うか、マトンを使うか、など)によって違うでしょうが、参考までに。--Yaky 2005年6月28日 (火) 01:05 (UTC)[返信]
Hachikouさんはどこの出身かわかりませんが、これがほぼ主流でしょう。あれが味付けジンギスカンの本来の食べ方です。発祥はまちがいなく滝川市の松尾です。肉の脂を落としさっぱりと食べるのは生ジンギスカンのものでしょう。生ならくどいはずなので。味付けジンギスカンはメーカーによってピンきりですが、煮込みでもおいしく食べられる調味が決め手なんです。卵でさっぱり、なんていうのはさっぱりしすぎ。味付けジンギスカンのよいところが台無し。最悪です。Bigben 2005年6月28日 (火) 17:39 (UTC)[返信]

野菜類はさっぱりさせるためのものではない。肉とともにもりもり食べるためにジンのたれで煮込むのだ。だから、関東で食す焼肉屋の野菜による(焼き野菜)と同じ役割ではない。さっぱりなんてのは根本的に間違っている。Bigben 2005年6月28日 (火) 17:48 (UTC)[返信]

松尾ジンギスカン(まつじん)ではサイドメニューに生卵があり、すき焼き風に卵につけて食べる方法があります。ただしあくまで最近追加されたサイドメニューであり、食べ方として卵を使うのは一般的ではないと思います。
あと、汁だまりにうどんや焼きそばの麺を入れて食べるのは味付け肉のジンギスカンではごく一般的ですね。--藤崎景子@コナ研会話2013年8月22日 (木) 08:25 (UTC)[返信]

岩手[編集]

姉の旦那の話では、岩手でもジンギスカンが盛んに食べられているとのことです。単に特定の個人の話なのでしょうか?どこからどう伝わってきたのか、気になります。Hykw-a4 2005年7月17日 (日) 09:54 (UTC)[返信]

波形トタン板の使用[編集]

2006年6月16日の編集についてですが、私の知る限り釧路根室地方では普通に行われていました。札幌では見かけませんのでもしかしたら全道には普及してないのかもしれません。


道産子と花見とジンギスカン の項目について[編集]

はっきり申しますと書き方がおかしくありませんか?主観が入りすぎですし、そういうのはwikipediaには不要です。「~だろうか?」「つまり~だったのである」とか、こういう、まどろっこしい婉曲な書き方もどうかと思われます。ストレートに事実のみの文章に書き直してはどうでしょうか?

ややまとまりに欠ける記事と私も感じましたので、ひとまず該当の記事の場所に推敲の見出しをつけておきました。この記事に関して気になられた方がいらっしゃいましたら、ご意見をいただけますでしょうか?--きつねそば 2006年11月24日 (金) 02:34 (UTC)[返信]
いや、実は私もこの項目が書き込まれたときから気になっていました。NPOV、エッセイ調など問題が多いと思います。転載かもしれないとググってみましたがそれらしきものは発見できませんでした。しかし道産子と花見とジンギスカンが一つの文化として定着していることは確かなので、編集で対応できると思います。Tan--202.214.30.9 2006年11月24日 (金) 02:40 (UTC)[返信]
話の内容は「北海道人」のサイトの記事にもありますし、私自身も以前に同じような話をテレビで聞いたことがあります。とりあえず事実と思われる部分を抜き出して一部補足してみました。ちょっと端折り過ぎた気がしますが…。他の説や補足、訂正などありましたらよろしくお願いします。--GARNET 2006年11月24日 (金) 17:39 (UTC)[返信]
上の方の段で花見に関する言及はされていますから、不要でしょう。この部分は加筆したIPの人の余分な主観にしか見えません。「道産子と花見とジンギスカン」という項目タイトルからして、ガイドブックのグルメエッセイもどきで、好ましい物とは思われません。このことに限らず、ジンギスカンの項目は、エッセイの投稿場所と間違えているような人がいきなりやってきて変な加筆をすることが多いです。そういう加筆は裏付けなどがよくわからない主観的内容が多いので、今後も容赦無く切り捨てていいと思います。Potitama 2006年11月25日 (土) 01:22 (UTC)[返信]

北海道を中心とするような記述を修正しました。--121.102.118.78 2013年3月1日 (金) 10:08 (UTC)[返信]

ジンギスカンを焼く際に使う油について[編集]

使う油肉の塊は、羊ではなく豚の油肉の塊が一般的だとおもいます。 羊は聞いたことがありません。ちなみに札幌人です--Gpxevo 2008年11月11日 (火) 15:44 (UTC)[返信]

ラム(仔羊肉)の普及は比較的最近のバブル期以降のこと?[編集]

「北海道においてもラム(仔羊肉)の普及は比較的最近のバブル期以降のことであり、それ以前は庶民向けの食用肉といえば豚肉とマトン、鶏肉の三種類だった。また北海道で現在のようにスライスした羊肉を焼くことが広まったのは、かなり時代が下って冷凍技術が進んでからで、それまでは厚切りか小さな塊状の肉を焼くことが多かったという証言もある。」

ウソを書くな。 俺が学生時代の79年から83年まで、冷凍ラムが普通で当然街の肉屋でも売られていた。 それを買って自宅ジンギスカンも普通にやっていた。 70年代末期にバブルがあったのか? --Bakanoatsumari 2008年11月11日 (火) 20:13 (UTC)Bakanoatsumari[返信]

明治以降は、生マトン肉。高度成長期以降は冷凍技術の発達により冷凍ラムスライス肉が主流で現在(バブル期以降?)では、食肉産業の発達により、臭みの少ない生ラム肉が主流になっている。--Gpxevo 2008年11月12日 (水) 01:14 (UTC)[返信]

「バブル期とはいつの事か?」はここでは命題とはかけ離れているのでそこをつつきあってもしょうがない不毛ですよね。一般論で言うなら、人間はそれぞれ「自分こそがスタンダードだ(あるいは、メジャーだ)」という思い込みが強いので、何ごとについてももう少し冷静に客観的に議論・検証する姿勢が肝要だと思います。明らかな勘違いや間違いは別として、個々の経験の元となっている背景事情自体は事実だとして、あとは、それがどれだけ一般性があったかという事ではないでしょうか。で、そこの部分を「我こそが」とか、「おらが、おらが」で言い合っても感情論だけが先走って巧くかみ合っていかないと思うので、各位少しクールダウンして話を進めましょうよ。--陸奥 2008年11月12日 (水) 01:42 (UTC)[返信]

これって、単なる記述の問題でないでしょうか?読む人によって、解釈が異なるかと思います。Bakanoatsumariさんは、この一文を時系列に読んでしまったのでしょうね。というか、時系列に読む人が多いのは当たり前ですが… そこで、順序を逆にして、「なお、北海道で現在のようにスライスした羊肉を焼くことが広まったのは、(略)また、北海道においてもラム(仔羊肉)の普及は比較的最近のバブル期以降のことであり・・・(略)」としたら、問題なくなるのではないでしょうか?--豊平大権現 2008年11月12日 (水) 02:22 (UTC)[返信]

出典の明記をお願いいたします[編集]

参考文献や資料の提示が少ないようですので、出典の明記タグを添付いたしました。検証可能性をご一読のうえ、出典の明記にご協力お願いいたします。--Peachkiller 2009年10月13日 (火) 08:58 (UTC)[返信]

コメント 言うまでもなく、広く支持されている訳ではない無名の個人の主観に基づいた主張や、尤もらしい学説を装いつつも出典が示されていない言説などは、独自研究としてウィキペディアから排除されるべきであると考えていますし、多少可読性を損なってでも脚注を用いるなどして、全ての記述には論拠となる情報源を提示するのが望ましいと考えます。ですが、「Wikipedia:独自研究は載せない」には、分別のある大人であれば誰でもその正確性を簡単に検証できるような、例えばアップルパイの解説といったものは、投稿者自身の体験のような一次情報源に基づいていても構わないとされています。ジンギスカン料理の歴史的な経緯や、地域による調理法の細かな違いといった専門的な情報については、もっと出典が必要に思えますが、個人的には、ジンギスカン料理の基本的な調理法などといったものは、誰でも実際にジンギスカン料理を扱う店などに赴いて検証してみることが可能なので、出典が提示されていなくても検証可能であると考えます(と言いつつも、調理法について私の方で出典を確認できたものに関しては出典をつけておきましたが)。
さて、それにも少し関しまして、Tokyoyamatoさんによる2010年3月29日 (月) 15:22 (UTC) での編集において、記事内容の約3/4を除去(22,854バイト→5,331バイト)する大幅な記述の除去が行われているのを履歴から拝見したのですが、除去の理由の一つとして「リンクを見ればわかる歴史的背景」を、宣伝や独自研究などと共に挙げている点が少々気になりました。個人的に思うに、辞書や料理ガイドではない百科事典において、歴史的背景の記述は重要な記述だと思いますし、除去された記述の中には、正しく出典が示されれば記事にとって有益な内容も含まれているように感じられ、それが有用な外部リンク先に記述されている内容であるのならなおさら、それは検証可能な内容なのですから、脚注などを用いて出典を示した上で、復帰して存続することが望ましいように思いました。
私自身は調べものをしている最中にこの項目に立ち寄っただけで、ジンギスカン料理について専門的な知識を持ち合わせているわけではないのですが、ご一考下さればと思います。--Kanohara 2010年4月18日 (日) 13:02 (UTC)[返信]
コメントKanoharaさん細かい出典はいらないということでしょうか?私も「たれ付けして食べる」とかは要らないと思います。できるだけシンプルにしたほうが読者の利便性が高いと考えています。また、Kanoharaさんと同じく正しく出典が明記されていれば歴史的背景とかもあって良いと思います。ただ、前の判は記事全体のバランスから考えてると歴史の割合が多すぎと感じました。内容もリンク元の要約ですし、他の記事が増えてきたら復活させれば良いのではないでしょうか。--Tokyoyamato 2010年4月18日 (日) 15:05 (UTC)[返信]
ちょっと違います。ウィキペディアで雑草とりをしている方の中には、その項目について詳しい方にとっては自明であることについても出典が示されているべきと考え、そうでない記述は除去されるべきだと主張しておられる方もおり、出典が一つも示されていないと直ちに「主題そのものが執筆者の想像の産物ではないのか?」と疑うような方もおられます。Tokyoyamatoさんとは最近、「ラム (子羊)」の記事に{{未検証}}が貼られた時にご一緒したはずですし、実際、私も「日本の郷土料理一覧」の記事において「ジンギスカンは北海道の郷土料理である」という記述に{{要出典}}がつけられているのを見て、そんな馬鹿なと思いつつこの記事にたどり着いたという経緯です。ですが、実のところウィキペディアは誰でも記事を執筆することが可能であり、確かに中には内容の大半がまったくの誤りであったり、悪戯に基づく虚偽のないようであったりする記事も稀にあるのが現状であり、そのような例は今週の削除依頼のページをウォッチしていれば幾らでも見つけることができます。
そういった記事に対して示しをつけるという意味で、あるいはまたジンギスカンという料理について名前くらいしか聞いたことがないような方や、他国語版からリンクを辿ってきた外国の方であっても、記事の内容が正確であることを自力で確認できるよう、細かな記述にも出典をつけるべきだという主張には、個人的にはそれなりに理解を示しているつもりです。そもそも私は比較的、脚注をごちゃごちゃとつける記事を好んで書く方で、あまり「できるだけシンプルにしたほうが読者の利便性が高い」とは考えていません。ですが「出典のない記述は除去してもいい」というルールを拡大解釈して、「アップルパイの解説のように、分別のある大人であれば誰でもその正確性を簡単に検証できるような内容」や、記事の主題について記された文献を二、三通読すれば常識として身につくような、あまりに自明であるため敢えて出典を記す人が誰もいなかったような記述に対して「出典がないので除去」することについては、個人的にはまったく賛同できないということです。この記事に{{出典の明記}}を貼ったPeachkillerさんは、その辺りについては比較的厳格な出典を要求する方のようでしたので、一応コメントした次第です。
Tokyoyamatoさんの、「前の判は記事全体のバランスから考えてると歴史の割合が多すぎ」という見解は、あまり賛同できません。冗長な表現をある程度整理するのは結構としても、ウィキペディアは百科事典ですので、歴史的な経緯については十分な紙幅を割いてもよいと考えます。元の版まで差し戻すべきとは言いませんが、「他の人が書いた意味内容は保存するよう努める」という編集方針からすると、「バランスを取るため」という理由はやや乱暴な印象も感じています。私にもう少し暇があれば、外部リンク先などを出典として幾つかの有益に思える記述を復帰させたいところですが、他の記事も抱えているので、主題(ジンギスカン料理)についてあまり詳しくないこの記事まで手が回らないというのが正直なところです。--Kanohara 2010年4月18日 (日) 16:42 (UTC)[返信]
コメントつまりKanoharaさんは私よりは注釈を付けたほうがいいと感じているけど、Peachkillerほど厳格ではないということでしょうか?歴史的背景の削除は確かに事前にノートなどで議論したほうが良かった考えるようになりました。内容を検証してできる限り復活させるようにします。--Tokyoyamato 2010年4月19日 (月) 12:36 (UTC)[返信]
そう思って頂いて構いません。
歴史的背景についてはまあ、出典を示す責任は掲載を希望する側にあるので、その記述が不要だと考えているTokyoyamatoさんには、いちいち出典を探し出して記述を復帰させる義務はないのですが、出典が示されていることを把握しているにも関わらず無視したのであれば、ルール違反ではないけれど私としては共感できないかな、と思っただけです。--Kanohara 2010年4月19日 (月) 17:54 (UTC)[返信]
報告 ジンギスカンという料理の起源に関して、出典が明示されているもの、「リンクを見ればわかる歴史的背景」として除去された内容を、脚注を用いて出典を明示する形で復帰させておきました。--Kanohara 2010年8月27日 (金) 06:09 (UTC)[返信]

外部リンク修正[編集]

編集者の皆さんこんにちは、

ジンギスカン (料理)」上の1個の外部リンクを修正しました。今回の編集の確認にご協力お願いします。もし何か疑問点がある場合、もしくはリンクや記事をボットの処理対象から外す必要がある場合は、こちらのFAQをご覧ください。以下の通り編集しました。

編集の確認が終わりましたら、下記のテンプレートの指示にしたがってURLの問題を修正してください。

ありがとうございました。—InternetArchiveBot (バグを報告する) 2017年9月13日 (水) 11:06 (UTC)[返信]