ジェームズ・サマーセット

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ジェームズ・サマーセット(James Somerset、Somersettとも)は、奴隷だった黒人の人物。1772年に奴隷から逃げたとして、サマーセット事件として有名な裁判に発展した。

彼はバージニア州で売られた奴隷で、1769年主人となるチャールズ・ステュアート(Charles Stuart)という人物によってバージニア州からイギリスに連れられた。ロンドンのセントアンドリュー・ホルデーンに着いて、名が無かった彼は1771年2月20日にジェームズ・サマーセットという名が与えられた。サマーセットは10月1日に逃亡したが、11月26日主人のステュアートに捕まり、ジャマイカ行きの船に乗せられ、ジャマイカで投獄された。奴隷廃止主義者のトーマス・クラークソンがサマーセットを守るため、奴隷制はイギリスのでは違法であると主張し、そして1772年2月7日マンスフィールド卿(Chief Justice William Mansfield)の王座裁判所に係争され、裁判に発展した。奴隷廃止主義者のグランビル・シャープ始めとするサマーセットの支持者5人がサマーセットを弁護した。最終的にはシャープらサマーセットの支持者5人は勝訴し、サマーセットは自由を勝ち取った。そして主席判事のマンスフィールド卿がイギリス法では奴隷及びサマーセットの輸出は認められていないという判決を下した。