ジェームズ・グレーシャー
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ジェームズ・グレーシャー(James Glaisher 、1809年4月7日 - 1903年2月7日)はイギリスの気象学者である。1862年、気球で8,000mを超える高さに達したことで知られる。
ロザーハイズ(Rotherhithe )で時計職人の息子として生まれた[1] 。グリニッジ天文台の助手を務め、30年に渡って気象部門、磁気部門の管理者を務めた。湿度の測定のための早見表を1845年に出版した。1850年の気象学会、1866年のイギリス航空協会(Aeronautical Society of Great Britain)の創立メンバーである。
気球飛行の先駆者として知られ1862年から1866年の間、ヘンリー・トレーシー・コックスウェル(Henry Tracey Coxwell 、1819年-1900年)とともに高空の大気の温度と湿度を測定するために、何度も飛行を行なった。1862年9月5日の飛行でそれまでの高度記録を破ったが、約8,800mを超えたころグレーシャーは酸素不足で気を失なって記録を取ることができなくなり、コックスウェルがバルブを開けて気球を降下させた。推定では9,500mを超え、10,900mに達していたとされる[2][3]。
息子のジェームズ・ウィットブレッド・リー・グレーシャー(James Whitbread Lee Glaisher 、1848年-1928年)は数学者となった。
出典 [編集]
- ^ H. P. Hollis, ‘Glaisher, James (1809–1903)’, rev. J. Tucker, Oxford Dictionary of National Biography, Oxford University Press, 2004; online edn, Oct 2008, accessed 5 Jan 2009
- ^ Centennial of Flight
- ^ 1902 Encyclopedia
- Glaisher, James. Travels in the Air. London: Bentley, 1871; Philadelphia: J.B. Lippincott, 1871. Extract