サンタフェの戦い

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サンタフェの戦い
戦争米墨戦争
年月日1846年8月15日
場所ニューメキシコ州サンタフェ
結果:アメリカ軍の勝利
交戦勢力
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 なし
指揮官
アメリカ合衆国の旗スティーブン・W・カーニー なし
戦力
1700人(西部軍(w:Army of the West (1846))) なし
損害
0 なし
米墨戦争

サンタフェの戦い(サンタフェのたたかい、Battle of Santa Fe)は、米墨戦争時の1846年8月15日に、スティーブン・W・カーニーが無血でサンタフェを占領した戦いを指す。

背景[編集]

アメリカ合衆国軍のスティーブン・W・カーニー将軍は、彼の率いるおよそ1700名の西部軍とともに、カンザス州のレブンワース砦の南西に移動した。カーニーの命令は、ニューメキシコの領地アルタ・カリフォルニアの獲得であった。

占領[編集]

8月15日にメキシコ領ニューメキシコ州のサンタフェに到着したカーニーは、一人のメキシコ軍兵士にも遭遇しなかった。マヌエル・アルミホ総督とメキシコ軍は、カーニーの軍が到着する前日の14日にすでに町から逃げ出していて、カーニーはサンタフェ・デ・ヌエボ・メヒコ州の首都を平和的に占領した。

余波[編集]

サンタフェから、カーニーはアレクサンダー・ドニファンを遥か南のメキシコへ派遣した。8月18日、カーニーは自らをニューメキシコ領地の軍事知事を自称し、民間政府を創設した。続いて彼は残りの軍隊を引き連れ、アルタ・カリフォルニアへ向かった。

関連項目[編集]