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珍子内親王(ちんしないしんのう、生年不詳 - 元慶元年4月24日(877年6月9日))は、平安時代初期の皇族。文徳天皇の皇女[1][2]。母は更衣・紀静子(紀名虎の娘)[1][2]。同母兄弟に惟喬親王、惟条親王、恬子内親王、述子内親王がいる[1][2]。
元慶元年(877年)4月24日、無品のまま没した[1][2]。
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