瀬名俊光

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。桂鷺淵 (会話 | 投稿記録) による 2009年12月17日 (木) 17:57個人設定で未設定ならUTC)時点の版であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

 
瀬名俊光
時代 江戸時代
生誕 元禄3年(1690年
死没 宝暦9年10月4日1759年11月23日
改名 親常→弌致→弌玄→俊光
別名 又三郎
戒名 日前
墓所 妙行寺
氏族 瀬名氏(清和源氏足利氏今川氏支流)
父母 父:久保辰房 母:大島光長の娘
養父:瀬名弌明
正室:瀬名弌明の養女(瀬名氏明の娘)
養女(鈴木勝予室)貞雄
テンプレートを表示

瀬名 俊光(せな としみつ)は、江戸時代旗本

生涯

久保七郎兵衛辰房の三男として生まれる。旗本瀬名弌明の養女を娶り、瀬名家の養子となる。諱ははじめ親常(ちかつね)、弌致(かずむね)、弌玄(かずはる)。

享保17年(1732年)8月26日、43歳で家を継ぎ、同年12月6日に徳川吉宗に初謁。延享4年(1747年)11月29日、58歳で致仕。

宝暦9年(1759年)10月4日に没した。享年70。

系譜

  • 正室
瀬名弌明の養女。弌明の最初の婿養子であった瀬名氏明の娘。
子女
  • 養女
瀬名氏明の娘で、正室の妹。鈴木久兵衛勝予の妻となったが、のちに離縁となった。

参考文献

  • 『寛政重修諸家譜』巻第九十五

関連項目