新田政盛

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。219.126.101.203 (会話) による 2016年4月5日 (火) 03:20個人設定で未設定ならUTC)時点の版であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

新田 政盛(にいだ まさもり、天文16年(1547年) - 慶長8年(1603年))は、南部氏武将新田行政の子で八戸政栄の弟。新田政広の父。

父が南部晴政とともに本家である八戸氏(根城南部氏)を倒したあと、政盛の兄である政栄が八戸氏(根城南部氏)を継いだため、政盛が実家の新田家を継いだ。その後は兄とともに南部信直擁立、九戸政実討伐に参加して、八戸氏(八戸政栄の子孫、盛岡藩主南部利直の命により遠野へ知行替の後、遠野南部氏ともいう)の重臣となった。