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太平妙準(たいへい みょうじゅん)は、鎌倉時代の臨済宗の僧。
下野雲巌寺の高峰顕日および鎌倉建長寺の約翁徳倹に師事し、顕日の法を嗣ぐ[2]。顕日の没後、雲巌寺に入り、のち鎌倉浄智寺の住持をつとめた[2]。法嗣の大喜法忻着賛の貞治二年(1363年)作の「太平妙準像」が雲巌寺に現存する[3]。