主張自体失当

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主張自体失当(しゅちょうじたいしっとう)とは、概ね「訴訟手続上においてなされる、法律的に有効ではない主張」というような意味で用いられる法律用語であるが、法律上定義が定められたものではなく、法学者や法律実務家の間でも用法が分かれる。

民事訴訟における意義[編集]

文献上見られる用例[編集]

主張自体失当を「①誤った法的見解に基づく攻撃防御方法の提出の場合、②主要事実の主張漏れがある場合、③他の攻撃防御方法との関係でいわゆるa+b[注釈 1]に当たる場合」に分類する見解がある[2]
その他、民事訴訟に関しては、以下のように定義される例が見られる。
  • 「原告主張の事実からは原告主張の権利は発生しないとの主張」[3]
  • 「当事者の主張をすべて真実と仮定してみても法律的に正当と是認されない場合、例えば貸金返還請求訴訟で原告が弁済の事実を述べてしまっている場合」[4]
  • 「抗弁等の攻撃防御方法を提出したが、それが立証に入るまでもなく主張レベルで失当である場合」[5]
  • 請求原因事実の主張をすると必然的に抗弁事実が現れてしまう場合に、当該抗弁事実を覆滅させる再抗弁事実をも請求原因と併せて主張しなければならない場合(いわゆる「せり上がり」)において、当該再抗弁事実の主張を欠く場合も主張自体失当に含める見解もある[6]
  • 既に当事者が求める法律効果を生じさせるのに充分な必要最小限の事実が主張されているのに、加えてそれ以外の余分な事実を主張すること(過剰主張)も主張自体失当に含める見解もある[6]

その他の用例[編集]

  • 民事裁判実務においては、当事者の主張上「強く否認[注釈 2]する」程度の意味合いで用いられることも多いとされる[7]

刑事訴訟における意義[編集]

刑事訴訟においても、仮に一方当事者の主張する事実が全て証拠上認められたとしても法律上の要件を満たさない場合について、「主張自体失当」との表現を用いて論じられることがある。
例えば、最高裁昭和55年11月13日刑集34巻6号396頁決定が「(刑訴法435条6号の再審要件に)あたらないことが明らかである。本件再審請求は、右の点においてすでに理由がない」と判示したことについて、「本件再審請求が主張自体失当であるとする趣旨の判示に他ならないことは明らかである」と評されることがある[8]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 例えば、事実aを要件とする抗弁Aと、事実a及び事実bの双方を要件とする抗弁Bの双方が主張可能な状況(すなわち、抗弁Bが完全に抗弁Aを内包している状況)を考えると、両抗弁の成否はどちらも事実aの事実認定に左右されるため、裁判所は事実aの存否のみ審理し抗弁Aの成否のみ判断すれば足りることとなる。このような場合、上記分類における③類型においては、抗弁Bを主張することが「主張自体失当」と評されることになる[1]
  2. ^ ここでいう「否認」も法律用語であり、民訴法159条1項本文が適用されることで自白が成立することを防ぐ目的で、相手方の主張した事実を争う旨の主張を行うことをいう。ただし、当該目的を達成するためには単に「〜の事実は否認する」と述べれば足りるのであり、「強く」否認したり、この意味で「主張自体失当である」と述べることは本来不要である。

出典[編集]

  1. ^ 岡口基一 2016, pp. 56–57.
  2. ^ 岡口基一 2016, p. 31.
  3. ^ 京野哲也 2015, p. 186.
  4. ^ 高橋宏志 2010, p. 465.
  5. ^ 岡口基一 2016, p. 30.
  6. ^ a b 村田渉ほか 2009, p. 82
  7. ^ 刑裁サイ太, 2014
  8. ^ 川崎英明ほか 2016, p. 321.

参考文献[編集]

  • 高橋宏志『重点講義 民事訴訟法』 上(第2版補訂)、有斐閣、2010年。ISBN 978-4-641-13655-7 
  • 京野哲也『クロスレファレンス 民事実務講義』(第2)ぎょうせい、2015年。ISBN 978-4-324-09908-7 
  • 村田渉ほか『要件事実論30講』(第2)弘文堂、2009年2月15日。ISBN 978-4-335-35437-3 
  • 川崎英明ほか『刑事弁護の原理と実践【美奈川成章先生・上田國廣先生古稀祝賀記念論文集】』(第1)現代人文社、2016年。ISBN 978-4-877-98659-9