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三つの棺

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三つの棺』(みっつのひつぎ、米題:The Three Coffins, 英題:The Hollow Man)は、1935年に発表されたジョン・ディクスン・カーの長篇推理小説であり、代表作のひとつである。純粋なミステリとしての評価と同時に、作中で探偵役を務めるギデオン・フェル博士が行った「密室講義」と呼ばれる密室殺人の分類が高く評価されている。

あらすじ

ウォーリック酒場でいつもの仲間と幽霊話をしていたシャルル・グリモー教授の下に、見知らぬ男が現れる。男は正気とは思えないような奇怪な話を口にした後、奇術師のピエール・フレイと書かれた名刺を差し出し、近いうちある男が夜分に訪ねると教授に伝え去っていった。

ギデオン・フェル博士は自身の書斎で、友人のランポールからこの話をハドレイ警視と共に聞かされた。教授がその後奇妙な振る舞いをしはじめたと聞いた博士は心配になり、2人とともに教授の邸宅へと向かったところ、教授の部屋から銃声が聞こえ、密室状態の部屋の中で教授が胸を撃ち抜かれて倒れていた……。

主な登場人物

  • シャルル・グリモー…教授
  • ロゼット・グリモー…シャルルの娘
  • スチュアート・ミルズ…シャルルの秘書
  • エルネスチーヌ・デュモン…グリモー家の家政婦
  • ドレイマン…グリモー家の居候
  • アニイ…メイド
  • アンソニイ・ペチス…怪談収集家
  • ボイド・マンガン…新聞記者
  • バーナビイ…芸術家
  • ピエール・フレイ…奇術師
  • オローク…軽業師
  • テッド・ランポール…フェルの友人
  • ドロシイ・ランポール…テッドの妻
  • ハドレイ…警視
  • ギデオン・フェル…名探偵

密室講義

本作の17章においてフェル博士は一部の登場人物に対し、密室殺人に用いられるトリックの分類についての講義を行っている。これは通称「密室講義」と呼ばれ、単独でも高い評価を得ており、その後の密室分野に影響を与えた。他の多くの現代ミステリ作品において、作中にて引用されることも多い。この講義におけるフェル博士の分類法は以下のように要約される。

  • 前提として、秘密の通路や、それを変型させた原理は同じものを除外した上で…(博士はきたないやり方と評した)
  • 密室内に殺人犯はいなかった
    1. 偶発的な出来事が重なり、殺人のようになってしまった
    2. 外部からの何らかにより被害者が死ぬように追い込む
    3. 室内に隠された何らかの仕掛けによるもの
    4. 殺人に見せかけた自殺
    5. すでに殺害した人物が生きているように見せかける
    6. 室外からの犯行を、室内での犯行に見せかける
    7. 未だ生きている人物を死んだように見せかけ、のちに殺害する
  • ドアの鍵が内側から閉じられているように見せかける
    1. 鍵を鍵穴に差し込んだまま細工をする
    2. 蝶番を外す
    3. 差し金に細工をする
    4. 仕掛けによりカンヌキや掛け金を落とす
    5. 隠し持った鍵を、扉を開けるためガラスなどを割ったときに手に入れた振りをする
    6. 外から鍵を掛け鍵を中に戻す

本文中では、分類ごとの更に具体的なトリックや使われている作品などが記載されている。実際密室を扱った作品のトリックは、この密室講義に記されたものそのものであったり、そうでなくともその応用や亜流、複数の組み合わせであることが多い。

この章は、フェル博士が自分たちが小説の中の人物であると自認する発言をするなど、他の章とは多少趣が異なる観があり、その点からメタミステリのはしりであるとの評価もある。

作品の評価

  • 日本では、1936年に伴大矩(ばん だいん)により翻訳された『魔棺殺人事件』(日本公論社)が本作の初出であるが、悪訳な上、「密室講義」が割愛されていたため、これを読んだ江戸川乱歩横溝正史はともに本作を低評価する[1]など、評判が悪かった。
  • 江戸川乱歩はのちに「カー問答」(『別冊宝石』、カア傑作集、1950年[2]の中で、カーの作品を第1位のグループ6作品[3]から最もつまらない第4位のグループまで評価分けし、本作の評価を第2位のグループ7作品の筆頭に改めている[4]
  • 1981年に欧米の作家・評論家17人に対して実施した密室長編ものの人気投票ベスト10[5]で、本作は1位に評価されている[6]

脚注

  1. ^ 横溝正史は『真説 金田一耕助』(角川文庫1979年)の中で『魔棺殺人事件』のことを、「あまり名訳とはいえず、見えすいた手品趣味が私にはいただきかねるシロモノであった」と記している。
  2. ^ カー短編全集5『黒い塔の恐怖』(創元推理文庫)所収。
  3. ^ 6作品中の筆頭は『帽子収集狂事件』。次いで『プレーグ・コートの殺人』、『皇帝のかぎ煙草入れ』などが挙げられている。
  4. ^ 最初に『魔棺』の拙い訳で読んだために本作の印象が悪いが、初めから原本で読んでいたらもっと高く評価していただろうと、「カー問答」の中で語っている。
  5. ^ 『密室大集合 アメリカ探偵作家クラブ傑作選 (7)』(エドワード・D・ホック編、ハヤカワミステリ文庫1984年)所収。
  6. ^ カーの作品(カーター・ディクスン名義含む)では他に、『曲った蝶番』(4位)、『ユダの窓』(5位)、『孔雀の羽根』(10位)が挙げられ、さらに次点の4作品中の1つに『爬虫類館の殺人』も挙げられている。