トニー・ガレント

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ジョー・ルイスへの挑戦が決まり高揚するガレント。1938年11月9日、ワシントンD.C.にて

トニー・ガレント(Tony Galento、1910年3月12日 - 1979年7月22日)は、アメリカ合衆国出身の元ヘビー級プロボクサー、元プロレスラー。ニュージャージー州オレンジの生まれ。リング内外での型破りの言動と、ジョー・ルイスの7度目の世界王座防衛戦の相手として記憶されている。

貧しいイタリア系移民の子として生まれ、喧嘩の延長線上でボクシングを始める。身長175センチ、体重90キロのお世辞にもスマートと言えない体型から、“ツートン(2t)・トニー”と呼ばれた。

パンチにパワーはあったが、それ以上にバッティングやエルボーなど反則混じりのラフ・ファイトが得意。1939年6月、無敵のジョー・ルイスが保持する世界ヘビー級タイトルに挑み、3回に右スイングでルイスをダウンさせファンの度肝を抜いたが、結果は起き上がったルイスの反撃により4回TKO負けであった。

また、ガレントはショーとしてカンガルー、果ては大ダコとまで戦っている。大酒を飲んでリングに上がり、なぜか勝ってしまう、そんな古き良き時代の拳豪であった。引退後は映画に出演したり、プロレスのリングにも上がった。

通算戦績[編集]

114戦82勝(59KO)26敗6引分け

関連項目[編集]