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ダウンタウン (ニューオーリンズ)

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ニューオーリンズのダウンタウンの一角を担うフレンチ・クオーター

米国ルイジアナ州ニューオーリンズにおいて、 「ダウンタウン」(downtown)は、カナル・ストリートからおおよそ東側、ミシシッピ川の下流側の地域を現している。具体的には、フレンチ・クオータートレメフォーバーグ・マリニーバイウォーターナインス・ワード(9th Ward)とその他周辺地域である。

他の都市の「ダウンタウン」の一般的な用法に反して、ニューオーリンズでは「ダウンタウン」に中心業務地区(New Orleans Central Business District)を含まない。(但し、他の地域の人々の中には、ニューオーリンズの中心業務地区を「ダウンタウン」と呼ぶ人もいる)

19世紀当時、ダウンタウンの大部分ではまだフランス語が話されていて、クレオールのコミュニティの中心部だった。カナル・ストリートのもう一方の側の、大部分は英語を話す人が住む「アップタウン」とは、伝統的な対抗意識があった。カナル・ストリートの幅広い中央分離帯は「中立地帯」として知られるようになり、そこでお互いの領土に入ることなく、両者が議論したり仕事をしたりできた。

街は長い間、伝統的に「ダウンタウン」と「アップタウン」に分けられてきた。それ以外の地域となる「街の裏側」の低地 (湿地帯)の宅地開発が進んだのは、第2次世界大戦後にニューオーリンズ市の排水システムが改良されてからのことであった。アップタウンとダウンタウンの区別については、ときに強調されすぎることもあるが (既に19世紀後半には、多くのフランス語を話す人々がアップタウンに、また英国系、アイルランド系の人々がダウンタウンに存在していた)、それは例えばマルディグラ・インディアンがアップタウンとダウンタウンのトライブ(部族)に分けられるように、21世紀においても引き続きニューオーリンズの文化の要素としてあり続けている。