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Wikipedia:井戸端/subj/会話ページにおける自分の発言(書き込み)の除去について参照すべきルールはあるか

会話ページにおける自分の発言(書き込み)の除去について参照すべきルールはあるか[編集]

具体的にはこの差分を契機に疑問に思ったことですが、一般論として確認したいと思いこちらにポストします。

会話ページなどで、自分が書き込んだ内容(「発言」と呼ぶことにします)は、どのような場合に自分で除去してよいのでしょうか?このことについて何らかのルールなり、習慣なりはあるのでしょうか?

Help:ノートページ#投稿済のコメントの修正など」にはそれらしい記述がありますが、これはルールと考えてよいのか、扱いがよくわかりません。

そこに言及がある会話ページにおいて、他者の発言を勝手に除去したり、書き換える行為は、「Template:発言改竄」の説明にもあるようにブロックの理由となり得る不適切なことです。ルールなり慣習と考えてよいように思います。(ちなみに最近、山田は、「Wikipedia:井戸端/subj/審議を経ずに勝手に削除しているが、これは問題ないのか」において不注意から結果的に他の方の発言を書き換えた形となってしまい、お𠮟りをいただいたばかりですが、意図的に他者の発言を書き換えたことは、ある人物の公表されていない本名と思しきものが発言の中で用いられていたものをいったん伏せ字とした「ノート:藤倉善郎#本人から編集依頼です 秘密会合の出席について」だけであり、このルール?の重要性は充分に認識しております。)

ところで、自分自身の発言に誤りがあった場合や、発言を取り消す場合は、取り消し線を用いて修正するというのが多くの方々がなさっている習慣であり、山田はこれまでほとんどの場合においてそれに準じて発言の修正を行なってきました。少なくともまとまった自分の発言をごっそり除去するような編集はしたことがありません。これは上記のヘルプページの方針を尊重してのことであるように思えます。とりあえず、「Help‐ノート:ノートページ#過去ログ」などを見る限り、「過去の自身の発言を改変するのはいかがな物でしょうか」という姿勢はコミュニティに共有されているように思います。

上記に示した、このポストの契機となった差分で、編集者は「Help:ノートページ#投稿済のコメントの修正など」へのリンクを設けた上で、「節にレスがついていないため自分の発言の除去はできる」と要約欄に書き込まれていますが、これは誤解ではないかと山田は考えております。しかし、直ちに応答する前に、ヘルプページにおける記述のルールとして位置づけや、他に参照すべき方針なりガイドラインがあるかを確認すべきだと考えて、この質問をポストしております。前例などに詳しい方からコメントをいただければ幸いです。--山田晴通会話2013年8月28日 (水) 10:30 (UTC)[返信]

「ルール」以前に、そのコメントを除去することが、自分にとって、また、他者にとって、どういう影響を与えるのかを考えればよいことだと思います。
というか、ウィキペディアに無条件で守らなければならないルールはなくて、方針やガイドラインがある。それらをルールと受け取るとしても、適切でなかったり、適用すべきでない場面であれば、対話と合意によって方針やガイドラインを書き換えることができます。
ヘルプページであるから、この文に効力がない、というわけではないはずです。ヘルプページが不適切なら、どこかのウィキペディア名前空間にある文書に転記することになるでしょう。そこにある記述は一定の合意があるものとして捉えるのが好ましい。
レスが付いていなくとも除去すべきではないものもあるでしょうし、レスが付いていても除去すべきものもあるでしょう。「すべき」とかなんとか言ってる前に削除しないといけないものもあるでしょうし、「すべき」「すべきでない」というほどではなくとも、したほうがいい、しなくてもいい、というものもあるでしょう。
レスがついているというのは、誰かが反応しているということであり、除去することで、「話のやり取りが混乱しがち」です。節にレスがついていないということは、「話のやり取りが混乱しがち」という心配はないのですから、「今の内容への応答を編集中の利用者がいないとも限らないことへの注意」をした上で、除去をすることは禁じられていません。その他の要素から、除去すべきではないという理由がないなら、除去したままでよいと思います。「自分の発言した節を除去」と要約欄でも示されていますから、除去された発言があるということは認識できます。理由があるなら、復帰させてもよいですが、理由を示し、対話を始めるのが望ましいでしょう。
「節にレスがついていなければ常に自分の発言の除去はできる」は誤解ですが、Help:ノートページ#投稿済のコメントの修正などを読む限り、「節にレスがついていないなら自分の発言の除去はできる」と捉えるのは自然です。もっとも、「節にレスがついていないため自分の発言の除去はできる」という表現は正確さに欠け、「節にレスがついていない場合は自分の発言の除去をしても問題ないことが比較的多く、この発言についても問題ないと考えられるため自分の発言の除去はできると思われる」といったところでしょうか。「節にレスがついていない場合でも自分の発言の除去はできない」は誤解です。
Help‐ノート:ノートページ#過去ログでの「過去の自身の発言を改変するのはいかがな物でしょうか」という姿勢は、一般論として共有されていると思います。ただし、そこでの対話では、「レスが付いていないもの」を取り上げていません。「いかなる場合であっても過去の自身の発言を改変するのはいかがな物でしょうか」という姿勢は共有されていないと思います。「いかなる場合であっても過去の自身の発言を改変するのは許さないってことにしたほうが運営上楽じゃないか」という意見はあるんでしょうけど。
過去ログ化については、除去された部分を取り除くことと、「長大な議論の過去ログ化」は別物ですから、「ログが長大なら過去ログ化に賛成されるべき」との意見は的をはずしています。除去された部分を過去ログ化したほうがいい、という意見は理解できますが、過去ログ化しなければならないというほどではないと思いますし、どのようにログ化するかというのは単純ではなさそうです。IPさんが「過去ログ化をすべきでない」という主張されるのでなければ、したほうがいいと思っている人が、ログ化する分には、問題ないと思います。--Ks aka 98会話2013年8月29日 (木) 05:57 (UTC)[返信]