池田森臻

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池田 森臻(いけだ しげよし、元禄9年(1696年) - 明和7年3月9日1770年4月4日))は、岡山藩中老、仕置家老

岡山藩家老日置忠明の四男。正室は備後福山藩家老阿部作右衛門正義の娘。子は池田森英通称は三郎左衛門、勘解由。

元禄9年(1696年)、日置忠明の四男として岡山で生まれる。享保3年(1718年)1月11日、藩主池田継政の命で故池田武憲の家督を相続し知行3000石を与えられ、三郎左衛門と仮名を改める。同14年(1729年)、中老となり勘解由と仮名を改める。元文2年(1737年)、1000石加増。元文4年(1739年)、仕置家老となる。宝暦元年(1751年)、1000石加増され知行高5000石。宝暦5年(1755年)、隠居し嫡男の森英に家督を譲る。明和7年(1770年)3月9日没。享年75。

参考文献[編集]

  • 『池田老臣累記』
  • 『備前家老略伝』