ヴィッキー

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ヴイッキー・レアンドロス
2010年ベルリンにて
2010年ベルリンにて
基本情報
出生名 Vassiliki Papathanasiou
別名 Vicky Leandros
出生 1949年8月23日(62歳)
出身地 ギリシャ・コルフ島
ジャンル Pop
職業 歌手, 政治家
活動期間 1965–present
公式サイト Hey! Vicky Leandros
Vicky Leandros' Greek website

ヴイッキー・レアンドロス(Vicky Leandros、1949年8月23日[1]-)は、ギリシャ出身の歌手。

目次

[編集] 略歴

本名はヴィッキー・ヴァシリキ・レアンドロス・パパサナシュー(Βίκυ Βασιλική Λέανδρος Παπαθανασίου)。ギリシャのコルフ島生まれ。

幼少時から音楽家の父親によって歌とダンスのレッスンを受けていた。9歳の時に当時の西ドイツに移り、1964年、西ドイツでレコード・デビュー。アイドル・シンガーとして人気を博し、現在もドイツを基点にヨーロッパを中心に大御所歌手として活躍中。1967年ユーロビジョン・ソング・コンテストルクセンブルク代表として出場。「恋はみずいろ」を歌って4位を獲得した。以後は世界的な活動を展開、1970年2月25日には初の日本公演を果たした。1972年、ユーロビジョン・ソング・コンテストでルクセンブルク代表として出場。「想い出に生きる」を歌って優勝を獲得した。その後もドイツやギリシャをはじめとしたヨーロッパを中心に音楽活動を続けている。

1982年から1986年にはギリシャ人実業家と結婚し一児をもうけ、その後ドイツ人エンノ・フォン・ルフィン(Enno von Ruffin)と再婚し二児をもうけたが2005年に離婚。 2006年にはギリシャの港町ピレウスの副市長に就任し、文化振興や国際交流に貢献した。

[編集] 評価

卓越した歌唱力と六カ国語を使い分ける語学力によって、ヨーロッパやアメリカ、カナダなどに活動範囲を広げた。フランス語の歌が主体だが、日本にも1968~1972年にかけて数回来日し、日本人が作詞/作曲した歌を日本語で歌ってヒットさせている。

[編集] 代表曲

[編集] 脚注

  1. ^ IMDb. 1952年と言う説もある – Vicky's age by means of the Way Back Machine (Internet Archive) 1948年と言う説も – Bertelsmann Lexica.

[編集] 外部リンク

先代:
Séverine
ユーロビジョン・ソング・コンテスト優勝者
1972年
次代:
Anne-Marie David
先代:
Michèle Torr
ユーロビジョン・ソング・コンテスト・ルクセンブルク代表
1967年
次代:
Chris Baldo & Sophie Garel
先代:
Monique Melsen
ユーロビジョン・ソング・コンテスト・ルクセンブルク代表
1972年
次代:
Anne-Marie David
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