ノート:軍旗

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自衛隊旗の意匠について[編集]

自衛隊旗の意匠のところで、『八条旭日旗の意匠自体は十六条旭日旗と同時代の頃から存在しており、例として明治時代初期に歌川芳虎により描かれた箱館戦争を描いた錦絵、『箱館大戦争之図』や『時明治元戊辰ノ夏旧幕ノ勇臣等東台ノ戦争破レ奥州ヘ脱走ナシ夫ヨリ函館ヘ押渡再松前城ニ於テ合戦ノ図』[19]では、新政府軍(官軍)が自衛隊旗の意匠とほぼ同じ八条旭日旗を掲げ、旧幕府軍と戦闘を行っている場面が描画されている。』とありますが、根拠とされているのが錦絵というのが少しおかしいと思います。錦絵は画家が現場を見て書いているものではなく、創造が多く含まれているのは常識です。その錦絵で八条旭日旗が描かれているからと言って「十六条旭日旗と同時代に存在していた」という論拠にはならないのではないでしょうか?

写真や現物が残っているのならともかく、画家が現場を見たわけでもなく、更に空想が多く含まれている錦絵をもってそう判断するのは間違いではないでしょうか。確か政府軍の当時の旗は薩長土で紅白の色を使ったデザインのを使用していた筈ですし、日章旗など「太陽を具現化した旗」はむしろ旧幕府軍で使われていたと思っていた(日章旗は幕府が採用した旗)のですが違うのでしょうか?--Thsbhseven会話2018年10月11日 (木) 11:57 (UTC)[返信]

明治初期に描かれた錦絵に八条旭日旗が描かれている訳ですので「八条旭日旗の意匠自体は十六条旭日旗と同時代の頃から存在した」と記述することは差し支えないでしょう。戊辰戦争での新政府軍(官軍)が、現実には軍旗として八条旭日旗を使用していなかった、と仮定しても、錦絵に八条旭日旗が描かれた時点で「八条旭日旗の意匠が、明治初期の日本に存在した」ことになります。
ここでは、「八条旭日旗の意匠が明治初期の日本に存在した」ことに言及しているのであり、「戊辰戦争での新政府軍(官軍)の軍旗がいかなるものであったか」に言及しているのではないことに留意して下さい。--Pooh456会話2018年10月11日 (木) 12:34 (UTC)[返信]
ご返答ありがとうございます。凡そについては納得いたしましたが、「自衛隊旗の意匠」として使われている「旭日」の意匠は古来から似たようなのがあり、それは16条や8条以外にも、10条、12条、4条などのもあります。wikiでの「旭日旗」の項目にも記載がされています。
そもそも旭日旗の定義は「太陽および太陽光(旭光)を意匠化した旗」ともwikiでも書かれていて、本数の定義は書かれていません。旭日の意匠に旭光の本数は規定されていないと思いますし、古来から「旭日の意匠の本数は決まっている」わけでもないと思います。なのに態々軍旗を紹介するところで項目を立てて「八条旭日旗の意匠が、明治初期の日本に存在した」事を紹介する必要があるのでしょうか?旭日旗のページでこのような項目を立てるのなら理解できるのですが…。--Thsbhseven会話2018年10月12日 (金) 01:15 (UTC)[返信]
「旭日旗」と言いますと、帝国陸軍の軍旗、帝国海軍の軍艦旗(海上自衛隊の自衛艦旗)、その他様々な場面で用いられる、十六条旭日旗のイメージが思い浮かぶはずです。「10条、12条、4条」の旭日旗のイメージを頭の中に浮かべることは、私には不可能です。
一方で、本記事では言及していませんが、帝国海軍の将旗(明治20年ごろに制定)は、昭和20年に海軍が消滅するまで一貫して八条旭日旗でした。現在の陸上自衛隊で用いられる旭日旗が八条旭日旗であるのは本記事で言及されているとおりです。
「今日、十六条旭日旗の方が著名であるが、八条旭日旗も古くから存在し、(海軍の将旗に採用され、)戦後に陸上自衛隊で使用されている」ということを示すために、本記事で「八条旭日旗の意匠自体は十六条旭日旗と同時代の頃から存在した」と記載するのは、記事「旭日旗」との重複記載というほどの重大事でもなく、特に問題とする必要はないように思いますが、如何でしょうか。--Pooh456会話2018年10月12日 (金) 10:03 (UTC)[返信]
ご返答ありがとうございます。旭日旗を帝国陸軍の軍旗、帝国海軍の軍艦旗(海上自衛隊の自衛艦旗)、その他様々な場面で用いられる、十六条旭日旗のイメージが思い浮かぶと言われますが、日本中の殆どの人はそれが「十六条の旭光を持つのが旭日旗」という認識はないと思います。仮に軍旗の写っている戦前の写真に合成でそれを16条ではない旭光のに偽装して見せても、多くの人はそれを旭日旗と信じると思います。殆どの人はあくまでも日章に旭光が数本描写されているデザインの旗が旭日旗という認識だと思います。16条以外の旭日旗としては朝日新聞の社旗なんかがあります。高校野球の中継などでも映りますし、16条以外の旭日旗を思い浮かべる人は割かしいると思います。
また同時代の別の画家の錦絵にしても、旭日旗の旭光が22条だったり12条だったり9条だったりとバラバラに描かれています。旭日旗が連隊旗として採用されて以降の、西南戦争の錦絵でもそうなっています。錦絵自体が前述の通り表記内容に空想が多く含まれるものなのですから、旭光の本数の違いも、「旭日旗の意匠としてあった」のではなく、単純に書き手が軍旗の旭光の数を把握せずに適当に描いたか、本数を勘違いしているか、それとも別の理由があって本数を替えているかだと思います。旭日「旗」の意匠があったという証拠にはならないと思います(意匠というのも意味としては寸法なども含める表現なので「旭日旗」というのなら旗全体をさす意味も含むので、その意匠があるのなら旗自体も存在していると思われても仕方ない表現ではないかと思います。)まだ「旭日の意匠があった」というのならわかるのですが…。--Thsbhseven会話2018年10月13日 (土) 06:40 (UTC)[返信]
少々議論が拡散しているように思えます。
Thsbhsevenさんの当初の問題提起は「同時代に描かれた錦絵を根拠に、戊辰戦争の時期の官軍の軍旗が八条旭日旗であったとするのはおかしい」ということだったのではないでしょうか?
その問題提起については、「本記事の当該部分の記述は『明治初期に八条旭日旗の意匠が存在したこと』に言及しているものであり、『戊辰戦争の時期の官軍の軍旗が如何なるものであったか』に言及している訳ではない」と説明し、一応のご納得を頂けたと思います。
私の見る所、Thsbhsevenさんの当初の問題提起は既に解決しているように思えるのですが、現在、Thsbhsevenさんは、本記事について何が問題だとして、議論を継続しておられるのでしょう?
記事「旭日旗」と記事「軍旗」が別個の記事であり、帝国陸軍の軍旗、陸上自衛隊の自衛隊旗が共に旭日旗である以上、両記事に記述の重複が生じるのはある程度は止むを得ません。例えば、他記事への誘導を行うテンプレート{{see}}などを使用して、記述の重複を減らすことは意味があると思いますが、それはWP:BBを実行し、必要に応じて議論を行うことで解決する、今回のThsbhsevenさんの問題提起とは別個の話のように思えます。
別分野ですが、「将棋棋士の肩書」について、テンプレート{{see}}を活用し、関連しあう複数の記事において、記述の重複をなるべく減らす試みをしております。「棋戦_(将棋)#タイトル戦の序列」をご覧ください。--Pooh456会話2018年10月13日 (土) 07:06 (UTC)[返信]
議論を拡散させるような質問で申し訳ないです。自分自身でややこしく考えていたのと思います。納得いたしました。色々とご返答頂きありがとうございます。--Thsbhseven会話2018年10月13日 (土) 13:26 (UTC)[返信]
ご理解を頂き有難うございました。私の方こそ、いろいろと知らないことを教えて頂きました。また何かありましたら、よろしくお願いいたします。--Pooh456会話2018年10月13日 (土) 17:08 (UTC)[返信]