ノート:女性学

ページのコンテンツが他言語でサポートされていません。

問題は「批判の正当性」ではなく、「批判の存在」の検証可能性と信頼性です。[編集]

古城 さんへ。あなたにお話するのは初めてですが、Wikipediaにおいては、「女性学への批判」の正当性ではなく、「女性学への批判」の存在について、検証可能性(誰にでも確認できる)と、信頼性(いい加減な事を書かない)がある資料がある限り、記述するべきなのです。念の為に申しておきますが、私の編集は、私が本文に挙げた著者たちの思想に賛成しているという事を意味はしません。「性差と平等のジレンマ」について、身近な例を挙げれば、「スポーツで男女別の種目があるのは差別なのか?」「兵士の役割に男女差を設けているのは差別なのか?」「『桃太郎』は男性を英雄視しているから『桃子』にも鬼退治をさせるべきなのか?」「『かぐや姫』は女性を美化しているから『かぐや王子』も語るべきなのか?」というものがあります。こうしたジレンマが社会的政治的レベルに存在する事は確かですし、それに関する先鋭的なフェミニストのイデオロギーに対して批判の声が上がっている事も確かでしょう?私は必ずしもアンチ・フェミニストではありませんが、批判の存在を隠す事が百科事典的だとは思えません。--古鳥羽護 2006年5月26日 (金) 12:46 (UTC)[返信]

全体のレイアウトについて[編集]

全体的に整理しました。批判は独立させて切り離すことで、言葉尻の編集合戦を防ぎたいと思います。wikiの中立は、複数の観点を提示することですが、女性学を「推進してきた側」の記載が足りないと感じます。さらなる充実を期待しております。--ディズニースピリット 2006年8月18日 (金) 11:59 (UTC)[返信]

統合提案[編集]

女性史についてですが、女性学にある「女性の歴史、社会史」のことでしょうか?それならば女性学がさほど発展していない現状で別個に論じるのは早計ではないでしょうか?ひとまず統合して、ある程度記述が発展した段階で分割するべきではないかと思うのですが、いかがでしょうか。-- 2006年7月21日 (金) 15:38 (UTC)[返信]

反対です。「女性史」は現在では歴史学における主要な方法論の一つであり、Portal:歴史/執筆依頼を見ていただければ分かる様に以前より、執筆が待望されていたものです。フェミニズム的観点から女性史の研究を行っている人がいるのも確かですが、基本的に、女性史の目的は他の歴史学的方法論と同様に、全体史の構築にあります。相互に交流があるのは事実にせよ、本来、女性史という方法が生まれたのは女性学とは別の領域においてです。女性史が規模を理由にどこかに統合されるとしたら歴史学アナール学派社会史、この何れかが適当かと思います。 コータ 2006年7月21日 (金) 16:07 (UTC)[返信]
同じく反対です。女性史は歴史学の基幹をなす記事のひとつです。女性学から歴史で「[[女性史]]も参照」とするほうがいいかもしれません。S kitahashi(Plé)2006年7月21日 (金) 23:25 (UTC)[返信]
私の認識が不足していたようです。提案を撤回します。-- 2006年7月23日 (日) 04:57 (UTC)[返信]
了解です。 コータ 2006年7月23日 (日) 15:43 (UTC)[返信]