ノート:南海地震

ページのコンテンツが他言語でサポートされていません。


兵庫県南部地震時には長期評価は存在しない[編集]

(最新 | 前) 2012年1月15日 (日) 04:18‎ 彼方陣(会話 | 投稿記録)‎ (21,665バイト) (→公式予想: 主語を震災から地震に変更・併記。意味がより分かりやすいように表現を変更。兵庫県南部地震時には長期評価は存在しない。括弧内括弧を変更。) (取り消し)

  • 彼方陣様には、いつもご苦労様です。「要出典タグ」を張ったり「勝手に訂正コメント」をする前に、よく読んで調査・研究・勉強してください。またまた他の読者の皆様にご迷惑をおかけして申し訳ありません。
  • 「過去に発生した地震の、地震発生直前における確率」:地震調査研究本部>トップページ>地震に関する評価>長期評価結果一覧』他の引用です。ポイントは、「1995年兵庫県南部地震阪神・淡路大震災)は(地震後の評価によると、発生)当時0.02-8%」にあります。ついでに「1858年飛越地震は0-13%」を付け加えておきました。もちろん長期評価は当時全く存在しません(江戸時代ですから)。
  • 阪神淡路大震災当時には観測強化地域や特定観測地域の指定があって、それは定性的評価であり定量的評価でないことは承知しています。定量的評価は阪神大震災後に余震の確率評価から始まったと記憶しています。「兵庫県南部地震時には長期評価は存在しない。」のは(私を含む地震関係の投稿者にとって)当たり前のことではないでしょうか。
  • 文章訂正はうれしいです。これからも迷惑をかけますがよろしくお願いします。--58.0.93.28 2012年1月15日 (日) 08:24 (UTC)[返信]

南南海地震?[編集]

関連項目にある赤リンク「南南海地震」て何ですか?フィリピン海プレートのアウターライズ? 東南海地震に対する対語? 寡聞にして存じ上げませんが、私が無知なだけでしょうか。 "南南海地震"で検索しても誤植と思われるものしかでてきませんが。[1]--As6022014 2012年1月26日 (木) 11:58 (UTC)[返信]

年代の記憶はあやふやですが、1980年代後半?頃に南海トラフ「南海地震震源域」の南の領域(日向灘の更に南か?)で発生する海溝型地震に対する呼称としてニュースに登場していた様に記憶しています。当時の新聞記事や地震学会誌等を調べた内容ではありません、記憶です。--219.103.233.176 2018年8月2日 (木) 00:30 (UTC)[返信]

794年地震[編集]

794年の地震と思われる記録を南海地震と断定するは、現段階では今津勝紀による一学説と位置付けられます。そういう意味では1185年の地震を南海地震と考えるも都司嘉宣による一学説という点では変わらない。2年後の南海道付け替えが何処まで根拠と成り得るだろうか。

684年と887年の間は203年間も開いている、1361年正平地震以前は間隔が長いのは不自然とする説から790年前後にも南海地震があったであろうとする考えだが、一方で津波堆積物調査から100年と200年の間隔が交互にあるとする一学説も存在し[2]現状では未解明というところです。--As6022014会話2012年4月23日 (月) 07:56 (UTC)[返信]