ノート:凌雲閣

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日本による高層建築の先駆けは、大阪ミナミの五階こと日本橋の眺望閣(明治21年7月14日)ではないでしょうか?それに続いて北野の九階こと現在の大阪の茶屋町にあった凌雲閣(明治22年)3月27日)で、その次が、浅草十二階であるように聞いておりますが。瑞雲 2005年10月29日 (土) 23:36 (UTC)[返信]

高さについて[編集]

避雷針も含めて地表より 202尺(61.2m)という説もあるようです。http://showcase.meijitaisho.net/entry/ryounkaku_03.php 121.92.96.75 2007年10月27日 (土) 15:00 (UTC)[返信]

W. K. Burtonの表記について[編集]

現在の慣習からすれば「バートン」とするところですが、日本での彼は「バルトン」と呼ばれており、青山墓地の彼のお墓にも「バルトン」とありますので、表記を改めました。アルファベット表記を添えておきました。——以上の署名の無いコメントは、細馬宏通ノート履歴)さんが 2008年9月1日 (月) 05:47‎ (UTC) に投稿したものです。[返信]

ウィキペディア内の他の記事を根拠とするリンクについて[編集]

[1]の編集を差し戻しました。理由は出典扱いになった日本の超高層建築物の記事の当該箇所には、まったく出典がつけられていないという理由と、版指定がなく書き換えがあった場合に出典として機能しないためです。また併せて消された記述も復帰しました。除去理由が記載されていないためです。--海獺会話2018年3月19日 (月) 11:38 (UTC)[返信]