ノート:下敷き

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一般語としての下敷きの他、書道用のものも下敷きに含まれないでしょうか?+- 2006年5月1日 (月) 22:37 (UTC)[返信]

書道用のものは墨(墨汁)がしみないようにするのが目的でよいのかな?特殊な用途のところに静電気を発生させるためとか書き足しても良いかも。yhr 2006年5月3日 (水) 10:50 (UTC)[返信]
書道用、目的はよくわかりませんので冒頭だけ追加してみました。+- 2006年5月4日 (木) 21:33 (UTC)[返信]

「下敷きを誰が発明したかはあまり知られていない。」と言う記述が追加されましたが、「あまり知られていない」というのはどういうことですか?発明者が分かっているなら、具体的に名前を書けば良いのでは?yhr 2006年7月30日 (日) 10:09 (UTC)[返信]


そう言えば誰なんだろうと思いながら検索してみたりなどしているのですが、まだ分からないのです。このまま分からず、不適切だと判断したときには削除してしまったほうがよいかもしれ無いと思っています。 --A.Hirose 2006年7月30日 (日) 13:32 (UTC)[返信]

知られているのか知られていないのかも分からないと言う事ですか?だとしたら、不適切な表現だと思いますので一旦消してしまったほうがいいかと。yhr 2006年7月30日 (日) 13:33 (UTC)[返信]

下敷きの発明について[編集]

下敷きを誰が発明したのかが以前に話題になっていましたので、情報を寄せておきます。 文具やオフィス関連の商社、内田洋行の会長だった久田忠守氏(明治31年―昭和47年)の著書「内田洋行と共に 社業の回顧・上巻」の120頁にも出ていますが、それよりも日本工業新聞に掲載された久田氏の「わたしの歩み」(昭和41年1月~2月)がより詳しく、この連載が下巻に転載されていますので、それをここに載せておきます。以下は、久田忠守著「続 内田洋行と共に 社業の回顧・下巻」の289頁からの引用です。なお、時期は久田氏が大正4年に内田商店(後の内田洋行)に入店して、その数年後のことのようです。 「 セルロイドでもう一つの思い出がある。複写のとき下敷にする複写板、これは錻力板を黒塗りにして真鍮の縁を巻いたものが使われていた。これを黒のセル板にしたのは、私の考案である。二、三のお得意先に売って貰ったところが好評だったので、先輩の初っちゃんが上京の際、売込みを試みて大ヒット、材料が間に合わぬ位受注をした。  とはいっても、私共がタガネで一枚一枚マークを押して出荷していた程度だから、今から考えればお笑いものにすぎぬ数量である。  しかし、後には全国的に普及し、学生の雑記帳の下敷にまで使われ出したのだから、資材の応用、商品の考案は、ちょっとしたヒントが、とんでもない改善、変革を呼ぶことにもなるようだ。」 --121.81.191.85 2018年6月26日 (火) 06:26 (UTC)[返信]