ノート:レランス諸島

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記事名について[編集]

現在「レランス島」となっていますが、この場合の最後の s は発音するのでしょうか。また、記事本文にもあるように、複数の島々なのですから単数の「島」となっていることも少し疑問です。

なお、手元の2冊の観光ガイド

  • 『地球・街角ガイド タビト(10) プロヴァンス』同朋舎出版、1996年
  • 『プロヴァンスとコート・ダジュール』日経ナショナルジオグラフィック社、2005年

は、いずれも「レラン諸島」と表記しています。--Sumaru会話2012年8月31日 (金) 12:18 (UTC)[返信]

改名提案[編集]

3ヶ月以上反応がないので、「レランス諸島」への改名を提案します。理由は、上で述べたことと重なりますが、複数の島から成り立っており、原語でも複数形になっていることと、私が確認している範囲内では、この地名を単独の「レランス島」と表記している文献がないからです。この点、上記2冊に加え、

  • 『ワールドガイド フランス』JTBパブリッシング、2005年
  • 『ブリタニカ国際大百科事典』電子辞書版

でも「レラン諸島」となっています(後者は「レラン大修道院」中での言及)。

Lérinsの s を読むか読まないかという点については、現在私の手許にある9冊のフランス語辞典(クラウン、ロワイヤル、プチ・ロワイヤル、デイリーコンサイス、ロベール仏和大辞典、白水社仏和大辞典、新仏和中辞典、Oxford-Hachette, Le Petit Robert。以上、電子辞書版含む)のうち、唯一発音記号付きで載っていた『ロワイヤル仏和中辞典』第2版で、sが有音として扱われており、「レランス諸島」という訳語で載っています。国語辞典でもこのように「レランス諸島」という表記を採用するものがあります。

ですので、「レラン諸島」の方が多く見付かっているのは事実ですし、当初はそちらへの改名を検討していましたが、フランス語辞典の発音記号に依拠し、記事名としては「レランス諸島」が妥当ではないかと考えています。--Sumaru会話2012年12月13日 (木) 13:54 (UTC)[返信]

報告『ミシュラングリーンガイド フランス』で「レラン群島」になっているのを確認したため、様子見で1ヶ月近く改名を見合わせていましたが、特にコメントが寄せられないので、改名に踏み切りました。--Sumaru会話2013年1月11日 (金) 11:28 (UTC)[返信]

内容追加に関して(文献不足)[編集]

塩の博物誌 2005年2月8日発行 著者: ピエール・ラズロ ISBN 4-487-80013-7 p.94,95 より

『 群雄割拠の時代を象徴するのが、カンヌ沖に浮かぶサン=トノラ島に建てられたレラン修道院 (シトー派)が享受していた特権である。 一四五三年二月九日、当地を支配していたルネ=ド=プロバンス王は同修道院とその修道士たちに、「グラース、フレジュス、その他の塩蔵庫から毎年一定量の塩(二五スティエ)[一スティエは時代により異なり一五〇~三〇〇リットル]を自由裁量で徴収する権利」を与えたのである。ルネ王は一四五三年六月一四日付の開封特許状により、 この特権を確認している。それ以前にもプロバンス伯たちが「ミサの回数を増やすこと」 や 「塩の貯蔵庫として使われている塔の管理」を交換条件に、「カンヌやグラースの塩蔵に塩を運び込む船から一艘につき一スティエの塩を徴収する権利」を同修道院に認めていた。しかし、知恵の回る南仏人たちは修道士たちの言いなりにならなかった。すなわち、修道院に納める塩は「船の大きさにかかわらず一スティエである」と主張したのである。むろんのこと、ルネ王の特許状で事が決着したわけではない。一六世紀の終わり、修道院が書き送った苦情が残っている。これによると、各地の塩税徴収人は修道院に与えられた特権を無視しており、修道院は約束された二五スティエの塩を受け取れないでいる。』と書かれているが、引用文献が2005年であること、「しかし、知恵の回る…と主張したのである」の部分に細かい裏付けがないことからページには加筆していない。編集する際の参考までに。--Jedoowats会話2022年12月9日 (金) 09:25 (UTC)[返信]