ノート:バフン

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「Category:民族」適用の是非[編集]

バフンの項を作成したものですが、英語版にはEthnic Group と書いてありますし、2001年の国勢調査(CIA World Factbook-Nepalに掲載)でもEthnic Groupの分類カテゴリーにBrahman-Hillとあり、少なくともネパール政府には「民族」として認識されているようです。何かで読んだのですが、ネパールではカーストとが複雑に関係しあっているように書いてありました。ただ、私も疑問に思うのは「言語」の記述が英語版にないので、少しとまどったのですが、民族問題の専門家ではないので、民族ではないという根拠をお示しいただければ有難く存じます。お返事は「バフン」のノートページにお願いします。--122.135.102.238 2008年7月12日 (土) 05:52 (UTC)

"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85%E2%80%90%E4%BC%9A%E8%A9%B1:%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%82%AD%E3%83%AF%E3%83%83%E3%83%81%E3%83%BC" より作成

アーリア人によるインド亜大陸征服に伴うカースト制度の発生に民族が無関係であるわけはありませんが、ネパールの各カーストが宗教・言語が同一であるならばこれを別民族とするのは日本語の「民族」定義になじみません。インド関係記事としての各カースト記事(バラモンクシャトリヤヴァイシャシュードラ)が民族分類されていないことも考慮しました。--ウィキワッチー 2008年7月12日 (土) 06:38 (UTC)[返信]
Wikipediaの「民族」の項を見ると冒頭にこう定義されていました。
>民族(みんぞく)とは一定の文化的特徴を基準として他と区別される共同体をいう。土地、血縁関係、言語の共有(国語)や、宗教、伝承、社会組織などがその基準となる。日本語の民族の語には、近代国民国家の成立と密接な関係を有する政治的共同体の色の濃いnationの概念と、政治的共同体の形成や、集合的な主体をなしているという意識の有無とはとはかかわりなく、同一の文化習俗を有する集団として認識されるethnic groupの概念の双方が十分区別されずに共存しているため、その使用においては一定の注意を要する。
Nationの概念にとると、みんな「ネパール人」ということになってしまいそうです。したがってここではエスニックグループを「民族」と考えるべきでしょう。宗教・言語は重要な要素の一つですが、すべてではないようです。もし、習慣などの文化的な違いが大きいとすれば、言語が同じでも別の民族ということもありえますよ。ネパール政府が、他と別の民族として扱っていることには何らかの理由があると思います。一応、民族の「カテゴリー」だけでも復活したらどうでしょうか。--220.144.146.233 2008年7月12日 (土) 07:49 (UTC)(前の122.135.102.238 )[返信]
横からすみません。「ネパール政府は一つの民族集団として認識しており」の意味の正確さはわかりませんが、(ネパール語ではजात,jātとजाति,jātiの意味範囲は交錯している)、たとえばバフンとチェトリの差は階級の差(जात,jāt≒いわゆるカースト)で、別の民族ではありません。例としてバフンの男性が下位のカーストや他の民族の女性と結婚した場合に、カーストが下がりチェトリ(カトリ・チェトリ=K.C.)の範疇になります。このことからも別の民族というには無理があるでしょう。
もちろんバフン、チェトリ、カミ、ダマイらは同一の言語・宗教・習慣・伝承・社会組織をもっていおり同一の「民族」なのですが、実はネパール語では、彼らをひとくくりにする単語が存在しないのです。そこで外国の人類学者・社会学者らは彼らをひとくくりにして「パルバテ(山地の)ヒンドゥー」と呼んだりします。が、この名称はあくまで学術的な名称で、一般ネパール人の間ではポピュラーなものではありません。ネパール語でひとくくりにする単語がないので、ネパール政府も、それぞれのカースト名によって区別しているものと思われます。(「民族集団」のあいまいさの別の例で、「イスラム教徒」という範疇があります。これは厳密には「宗教」でくくったもので、彼ら独自のコミュニティーを形成しています。明らかにいわゆる「民族」でくくったものではありません。また「ヤーダブ」が独立しているのも理由は不明です)
ネパールの民族については、下記に比較的詳しく、かつ、わかりやすく述べられていますので、是非一読をお勧めします。
  • 石井溥他「民族」『もっと知りたいネパール』石井溥編、弘文堂、1986年、96-169頁
なお、一言付け加えれば、上記のように他のカースト・民族との婚姻によってカーストが落ちることがあるので、必ずしも姓だけで判断することはできません。(例:チェトラプラタップ・アディカリ=詩人で元教育副大臣、など)、またほかの民族とかぶっている姓などもあります。(例:ジョシなど)--Jjjooojjj 2008年7月15日 (火) 09:32 (UTC)[返信]