ノート:ジェントリ

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以前の規制地主へのリダイレクトに比べれば遙かに良いのですが、幾つか指摘させてください。 「産業革命前まで存在」との事ですが、これは誤りです。貴族層とジェントリ層の融合が進んだ為、ジェントリ層単体で言及される事はありませんが、イギリスに貴族制度が存在している以上、その下部構造としてのジェントリは現在まで存在していると言えます(ただし、制度上はともかく、実際にどれほど存在しているのかは分かりませんが)。少なくとも、19世紀半ばまでは「地主支配体制」と呼ばれる様な隠然たる影響力を誇り、20世紀初頭までジェントリも含めた地主貴族層は無視し得ない勢力を保っていました。(望田幸男他編『西洋近現代史研究入門』名古屋大学出版会、1999、pp.12)

 バロネット、ナイト、エスクワィア、ジェントルマンに訳語を当てるのも、最近ではあまりやらないのではないでしょうか。間違ったニュアンスを与える危険性がありますし、訳語も最適とはいえませんので、むしろそのままの呼び名を使用するのが、最近の流れではないでしょうか。(たとえば村岡健次、川北稔編著『イギリス近代史』ミネルヴァ書房、2003、p.5など)

 「他の国では、大体、郷士クラスまでが貴族に含まれ、地主、自作農がブルジョワに含まれる」との事ですが、「他の国」とはどの国でしょうか。少々、曖昧な記述に思えます。そもそも都市住民の呼称であるブルジョワジーという語を農村における大土地所有者に当てはめるのは適当でしょうか。農業資本家という意味で使っておられるのでしたら、エスクワィアで線を引く理由がありません。また全人口比で5%以下なので実質貴族、とのことですが、ジェントリが全人口に比べて少ない為に貴族という見方はあまりされていません。貴族の数が他の大陸諸国と比べ圧倒的に少なかった事と、貴族とジェントリの間に称号を除くと特権的な差異が無く、文化や習俗が共通していた為に「地主貴族層」という一つのグループを形成していたという見方が一般的ではないでしょうか。(村岡、川北、1999、p.6およびL.コリー『イギリス国民の誕生』名古屋大学出版会、2000、p.164)

 フランス革命ほど過激ではなかったとの事ですが、チャールズ1世は処刑されている事を考えると、一概にそうとは言えないのではないでしょうか。トレヴァ=ローパーなんかは「危機の17世紀」において王政の中断したイギリスは対応を誤った唯一の国と見做している(んだったと思います)訳で、言い換えれば17世紀の時点で最も過激だったとも言えます。(村岡、川北、1999、pp.50)

 「イギリス独自の階層」としてのジェントリの話ですが、貴族ではない地主としてのジェントリが独自というよりも、貴族、地主に加え、成功し土地を取得した貿易商などを含めた地主貴族層こそが独自だと考えるべきではないでしょうか。イギリス以外の貴族・土地制度にはあまり明るくないのですが、大陸側諸国家には貴族ではない地主は存在しなかったのでしょうか。

 …という様な訳で、申し訳ありませんが、全体的に書き直させて頂きました。失われた情報等ありましたら、お手数ですが補足して頂きたく。 コータ 2006年1月13日 (金) 13:29 (UTC)[返信]

エスクワィアの表記[編集]

エスクワィアでもエスクワイアでも、どちらでも可です。表記の問題だけですので。とりあえず、どちらか一方の方が良いと思います。一応、単純かつ手元の文献(村岡健次、川北稔編『イギリス近代史』ミネルヴァ書房、2003)に準拠の「エスクワイア」を残します。変える場合は「スクワイアラーキー」の方も一緒に変えてください。 コータ 2006年1月16日 (月) 18:08 (UTC)[返信]

ノブレス・オブリージュ[編集]

「ロイヤルズ・デューティ」という言葉に書き換えられていましたが、ここで言及している慣行に関する文脈において「ロイヤルズ・デューティ」という用語をついぞ見たことがありません。通常、「ノブレス・オブリージュ」の語を用いると思うのですが。歴史学関連で、あるいはそれ以外の学問領域でも「ロイヤルズ・デューティ」の語を用いている研究者なり文献なりがありましたらご教示下さい。 コータ 2006年1月17日 (火) 14:24 (UTC)[返信]