ノート:ギヤースッディーン・ピール・アリー

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改名提案[編集]

クルト朝の改稿で参照した資料にこの項目の人物を「マリク・ギヤース・ウッディーン」と表記したものはございません。この項目の名前を、"本田実信「カルト朝」『アジア歴史事典』2巻収録"と"本田実信「ヘラートのクルト政権の成立」"で使用されている、他の項目との判別が容易にでき、英語版の赤リンクでも同一の表記が使われている表記を、既に立項されたギヤースッディーンに合わせた「ギヤースッディーン・ピール・アリー」に改名したいと考えますがいかがでしょうか。特に反対が無ければ1週間をめどに改名を行いたいと思います。--オオミズナギドリ会話2013年9月6日 (金) 14:52 (UTC)[返信]

改名しました。改名提案の後、ヴィレム・フォーヘルサング『アフガニスタンの歴史と文化』(前田耕作、山内和也監訳, 世界歴史叢書, 明石書店, 2005年4月)に「マリク・ギヤース・アッディーン・カルト」という表記を確認しましたが、
  • マリクは称号、カルトは家名であり、クルト朝の全ての君主に付けられる
  • ギヤースッディーンという名前の同王朝の君主はもう1人存在する(1308年 – 1329年在位の人)
ことからマリク・ギヤース・ウッディーンと表記されうる君主が2人いるため、他の項目との区別が困難になると考え、この本の表記は特に考慮してないです。--オオミズナギドリ会話2013年9月14日 (土) 09:22 (UTC)[返信]