ノート:オイゲン・フォン・ザヴォイエン

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改名提案[編集]

この人物の記事名が、ヨーロッパ貴族の記事名全般から見てかなり逸脱しているのが、かねてから気になっていました。ドイツ名の個人名オイゲンに、同じくドイツ名の家名ザヴォイエンを付してオイゲン・フォン・ザヴォイエンとすることで、様式を整えたいと考えているのですが、どうでしょうか?--モンゴルの白い虎 2010年2月26日 (金) 15:55 (UTC)[返信]

コメント 改名した場合にプリンツ・オイゲンは曖昧さ回避、リダイレクト化し冒頭でotheruseslistのいずれが望ましいとお考えでしょうか。--Tiyoringo 2010年2月26日 (金) 23:01 (UTC)[返信]
基本的には後者ですが、冒頭に並べずに関連項目へ誘導という方法も考えられます。--モンゴルの白い虎 2010年2月27日 (土) 04:50 (UTC)[返信]
モンゴルの白い虎さんの提案の他に、プリンツ・オイゲン・フォン・ザヴォイエンという選択肢もあります。ぱっと見たところ独語版はEugen von Savoyenですが、英語版はこちらを採用しています。プリンツ・オイゲンが不適当であれば、これが適当でありましょう。
私がこの案を推すのは、手もとの本を探るにsavoyを省略するものはあってもprinceを省略するものは無いからです。プリンツ・オイゲンのプリンツは他の数多のプリンスたちに付けられるものとはその価値が異なり、歴史上の人物としての彼の呼称の一部をなしています。オイゲン・フォン・ザヴォイエンはアーサー・ウェルズリーやジョン・チャーチルと表現するのと同種の違和感があります。あらゆる本の索引は、彼を王や王族の場合と同じように名前EugeneのEに並べ、Eugene, princeもしくはEugene, prince of savoyとしますが、この処置は彼と同じように戦場で活躍した他の公子たちには与えられない特別のものです。同じ本が公子ではなく領邦君主であったバーデン辺境伯やアンハルト=デッサウ侯を帝国外の貴族と同じ基準で扱っていることからも、彼が編纂者たちに別格として扱われていることは察せられましょう。
プリンツを取り去ることは、ウィキペディアの基準統一の面でより望ましいですが、一方で歴史的慣習に反します。ヨーロッパの貴族の表記ルールが、特に著名人の場合例外として扱うことになっているのなら、プリンツ・オイゲンもその対象に十分なるでしょう。したがって彼もウェリントンやマールバラと同様に特例が認められてしかるべきです。もっとも、ルールが全て厳格に適用されると合意されれば話は別ですが。私はルールの議論が今どのようになっているのか詳しく知らないのですが、ウェリントンの議論は止まっているようですので、上記は例外も認められるという前提としての提案です。
ちなみに英語版では2006年にEugene of SavoyからPrince Eugene of Savoyに移動された経緯がありまして、その後2008年にEugene of Savoyに戻すべきという意見があったのですが、反応が無くて現在に至ります。--Kasumi105 2010年3月3日 (水) 13:35 (UTC)[返信]
特別な人物でなくてもPrinceをつけた記事名が少なくない英語版の基準を日本語版に単純にあてはめるわけにはいかないと思うのです。それに、「○○公爵」といった称号でなく、元来は普通名詞にもかかわらず日本語訳されないドイツ語音訳の「プリンツ」である点にも引っ掛かりを覚えるのです。ならば「オイゲン公」ではいけないのか、とも云えます(不正確さがつきまといますが)。
引き合いに出すならむしろ、エドワード黒太子エンリケ航海王子かも知れません。これらの人物も、日本語訳された通称とともに呼ばれているわけですが。--モンゴルの白い虎 2010年3月3日 (水) 16:00 (UTC)[返信]
プリンスの万人に納得される和訳は今後も出ないでしょう。これに拘れば泥沼となることは目に見えています。独語版もそうなっていますし、私の提案は取り下げ、モンゴルの白い虎さんの提案でよろしいかと思います。なおプリンツ・オイゲンはリダイレクトが良いでしょう。連隊も艦船も彼が名の元なのですから。--Kasumi105 2010年3月4日 (木) 13:49 (UTC)[返信]

反対意見もなくなりましたので、当初案通りに改名しました。リダイレクトは動かさず、また曖昧さ回避は関連項目節への誘導で対応することにします。--モンゴルの白い虎 2010年3月13日 (土) 06:33 (UTC)[返信]