ジャン・ド・ヴァレット

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ジャン・パリゾ・ド・ヴァレット

ジャン・パリゾ・ド・ヴァレット (Jean Parisot de Valette,1494年? - 1568年8月21日)は、聖ヨハネ騎士団総長(在任:1557 - 1568)。ジャン・ド・ラ・ヴァレット(Jean de la Valette)ととする表記が多いが、彼は存命中この名前を使用したことはない。ヴァレットの死後、彼にちなんで名付けられた都市ラ・チッタ・ヴァレッタ(La Citta Valletta、現在のマルタ共和国の首都バレッタ)と、彼の名前が次第に混同されて生じた間違いと考えられている。パリゾは生前のあだ名である。

フランスケルシ(現在のリムーザン地域圏北部)のヴァレット家出身。一族からは、十字軍遠征に同行した者が多い。彼の幼少期についてはわずかしか知られておらず、1523年のロードス島攻防時に当時の総長フィリップ・ヴィリエ・ド・リラダンと同行していたことがわかっている。年代記によって生年が違っており、マルタ大包囲戦のあった1565年には、70歳前後だったと推測されている。

1566年より、新都市バレッタの建設を命じ、最初の石を自らの手で運んだと伝えられている。完成前に亡くなり、バレッタ城塞内側の聖ヨハネ准司教座聖堂、納骨堂に葬られた。