封戸田

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封戸田(ふこでん)とは、朝廷から貴族や寺社に与えられていた封戸荘園化したもの。封田とも。

本来、封戸は郷単位でまとまった形で与えられ、実際の租税徴収は封戸の属する令制国国司が行い、封主の関与は禁止されていた。ところが、平安時代中期以後、地方制度の変化に伴って国司が封戸の租税徴収を行わなくなり、代わりに国符を封主に与えて封主の使者が直接徴収するのを認めるようになっていった。そのため、封主と封戸の間に支配関係が形成され、郷全体が1人の封主の封戸であった場合には郷そのものが封主個人の荘園とみなされるようになった。更に封主が国司や朝廷に対して不輸の権不入の権を申請して認められる場合も現れた。こうして、荘園化された封戸の田地を封戸田と称したのである。

参考文献

  • 時野谷滋「封戸田」(『平安時代史事典』(角川書店、1994年) ISBN 978-4-040-31700-7