ノート:柳田邦男

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この項目については、「俗流若者論」に絡む一部評論家見解を正しいと信じ支持する人物が、柳田氏本人の業績のみならず人格までをも否定しようと書き込みを繰り返しているようです。彼らは柳田氏著作の全体像を捉えず、その上げ足取りに終始しています。Wikiの発展には「公平な判断」、「冷静な記述」を望みます。--以上の署名のないコメントは、125.54.59.244会話/Whois)さんが 2007年8月11日 (土) 19:41 (UTC) に投稿したものです。[返信]

私は柳田本人の記述をそのまま移しているだけです。 wikipediaは辞書であり、広報文書ではありません。 事実は事実であり、アナタにとって「都合の悪い事実」も記入する必要のある事項です。 現状「公平な判断」、「冷静な記述」をしてしていないのはアナタであり、今後も削除を繰り返すならしかるべき処置を執ります。--yohata 2007年8月12日 (日) 08:26 (UTC)[返信]

貴方は恐らく「俗流若者論」に絡む一部評論家見解を正しいと盲信する人物か、評論家本人なのでしょう。粘着質な文面で一方的な主張をされることからも、それは容易に推測できます。wikipediaは辞書であり、誰の広報文書でもないことは当然です。従って、柳田氏の見解をwikipedia上に記載するに際し、事前に貴方は彼の著作を充分に読み込み、その全体像を把握すべきです。第三者には、貴方の言う「都合の悪い事実」が的外れと思われていますよ。逆に貴方にとって柳田氏の業績は「都合の悪い事実」なんでしょうな。削除する必要は無い部分でしょうし、彼の航空技術評論家としての力量を発揮した事実ですからね。貴方の主張が正しいか否か、この削除事実を見ただけで判断できます。Wikipediaを運営管理する側が見れば、貴方に対して然るべき処置を執るのではないでしょうか? それから、他者に対する呼びかけに「アナタ」は失礼ですよ。礼儀をわきまえなさい。--以上の署名のないコメントは、125.54.59.244会話/Whois)さんが 2007年8月12日 (日) 20:48 (UTC) に投稿したものです。[返信]

wikipediaは柳田邦男の評価をする場所ではありません。 あなたにとっての「柳田邦男の著作全体像」はあなたの主観であって、客観的事実ではありません。 wikipediaは「事実を列挙していく」場所であり、それが事実であれば削除するのはルールに反する行動です。 私が書いた事項を削除する場合「それが事実ではない」ことを証明した後にするのが筋でしょう。 あと誤解があるようですが、私は航空技術評論家としての柳田邦男に興味はありません。 そのため、その分野における評価を貶める気は全くありません。「航空技術評論家としての名声」を記述なさりたい場合は、ご自由になさればかまわないと思います。 しかし、柳田の「ネット・ゲーム・若者を敵視するコラムニスト」としての面に私は興味があります。 そのため、私はその点に関する記述を重点的にするだけの話です。 あと、署名を入れるのも礼儀だと思いますが。いかがでしょうか? --yohata 2007年8月12日 (日) 21:53 (UTC)[返信]

客観的事実は柳田邦男の著作を読めば分かることです。貴方は彼の近著を読んでいませんね。 「人の痛みを感じる国家」はもう読まれましたか?これを読めば、柳田氏は貴方の言うような「ネット・ゲーム・若者を敵視するコラムニスト」などでないことは明らかです。「それが事実ではない」から、私は貴方の記述を削除したのです。 「俗流若者論」に絡む某評論家見解を正しいと信ずるのは貴方の勝手ですが、柳田氏業績に関する記述の削除についても「それが事実ではない」ことを貴方が証明した後にするのが筋でしょう。 ルール違反をしているのは貴方です。違いますか? 貴方は自分の行為については目をつぶり、他者を一方的に非難することがお好きなようですね。 署名の件については入れ忘れです。 --tennome 2007年8月13日 (月) 07:33125.54.59.244会話履歴)による偽署名、投稿日時は2007年8月12日 (日) 22:34 (UTC)[返信]


最初に謝罪いたしますが。 あなたの記述を削除した件につきましては、あなた行った私の記述に対する削除をundoした時に生じた手違いです。 その点に関しては謝罪いたします。しかしながら最初に「柳田本人の記述という根拠がありながら、それを削除した」のは貴方であるとも言い添えておきます。そして、私の記述は「壊れる日本人」における柳田本人の記述を要約したものです。柳田本人の著書から要約しもののどこが「事実ではない」のかご説明いただければ幸いです。 あと、wikipediaでは「編集合戦や荒らしが予想される」などを理由とする、予防的な保護・半保護・移動保護はできません。 --yohata 2007年8月12日 (日) 22:48 (UTC)[返信]

「あなた行った(原文のまま)私の記述に対する削除をundoした時に生じた手違いです」との説明、納得しました。ところでYohataさんは「人の痛みを感じる国家」は読まれているのですか?この本には精神科医・岡田尊司氏による「脳内汚染」や渡辺久子氏による「抱きしめてあげて 育てなおしの子育て」を採り上げ、未来の日本を担う子供たちの情緒教育の重要性が語られています。柳田氏がYohataさんの主張するような「過激な若年層否定論者」でないことはこの書籍からも明らかです。「壊れる日本人」は発表から2年が経過しています。脳研究が日進月歩で進む現在では、近著をベースに柳田氏の主張を読み解くことが重要でしょう。 --tennome 2007年8月13日 (月) 08:27125.54.59.244会話履歴)による偽署名、投稿日時は2007年8月12日 (日) 23:27 (UTC)[返信]

ご理解いただいて幸いですが、残念ながら「科学的根拠なく若者を批判する」ことに関しては、現在進行形です。毎日新聞に現在連載している「ネット君臨」において、柳田が「今の子供たちは自分の頭で考える思考力がすごく遅れている」「ネットによって人間関係が急速に崩壊し、拝金主義が蔓延した」などと述べていますが、その根拠は全くしめされておりません。 このように「思いこみ以外の根拠が見あたらないネット・ゲーム・若年層批判」を現在進行形で行っているのは否定できない事実と言えるでしょう。残念なことですが。--yohata 2007年8月12日 (日) 23:56 (UTC)

「小泉総理に対する公開書簡」ですが、現状では「読者の感想」になっています。出典もとを明記した文章の場合、引用、もしくは要約を書いてください。 --yohata 2007年8月13日 (月) 00:10 (UTC)

柳田氏は若者を「批判」しているのではなく、その将来を「憂えている」のです。柳田氏が批判するのは現代社会構造の悪しき部分であり、若年層や社会的弱者に対しては温かい視点で論じています。これは「人の痛みを感じる国家」でも明らかです。yohataさんが求める根拠は同書の中で紹介されている精神科医・岡田尊司氏が著した「脳内汚染」の内容で足りるでしょう。実態調査データが示されています。 --tennome 2007年8月13日 (月) 09:13125.54.59.244会話履歴)による偽署名、投稿日時は2007年8月13日 (月) 00:15 (UTC)[返信]

「脳内汚染」で検索していただければ解ると思いますが、いわゆる「トンデモ」扱いされている書籍です。社会一般からは「非科学的」「非統計的」として、強い批判を受けています。 そのような本を使用している時点で「非科学的」との評価は免れないでしょう。--yohata 2007年8月13日 (月) 00:22 (UTC)

私は取り立てて岡田尊司氏を支持するわけではありません。「科学的」であるか「非科学的」であるか、また「統計的」であるか「非統計的」であるかは、データの統計処理が数理上適正に行われているかどうかの判断が全てです。どのデータ処理について「トンデモ」扱いの演算が行われているかを明示下さい。それまで本文はこのままにしておきましょう。 --tennome 2007年8月13日 (月) 09:42125.54.59.244会話履歴)による偽署名、投稿日時は2007年8月13日 (月) 00:42 (UTC)[返信]

自分の変えたい部分は変えた後で「このままに」というのも、随分と身勝手な話ではありませんか?「とりあえずこのまま」という以上は、元々のオリジナルにするのが筋でしょう。

さて「脳内汚染」ですが。「データの統計処理」を根拠にする場合、そのデータと統計処理が検証可能である必要があります。しかしながら、根拠として頻出する「寝屋川調査」は原書が(著者以外)現実問題入手できず検証が事実上不可能な状態にありました。そのような状態で結果先にありきな「原因はネット・ゲームにある」としたところで、それは統計の上でも処理の上でも操作し放題です。何の証拠にもならないでしょう。

あと「小泉総理に対する公開書簡」ですが、現状では「読者の感想」になっています。出典もとを明記した文章の場合、引用、もしくは要約を書いてください。 --yohata 2007年8月13日 (月) 01:07 (UTC)

「このままに」というのは折衷案で行こうということです。yohataさんも完全にはオリジナルに戻されなかったのですね。なかなか良い協同作業となりそうです。「寝屋川調査」の件、了承しました。生データを基に第三者が再検証できないのでは、その信憑性を疑われても仕方がありませんね。柳田氏も分析資料にならないことを認めるのではないでしょうか。調査ご苦労様でした。ただ、「人の痛みを感じる国家」では、他にも三沢直子氏の「描画テスト」によるデータを基に著した「子供たちはなぜ、9歳で成長が止まるのか 日本の「男性社会」が子供をダメにした!?」(実業之日本社)という書籍を紹介しています。「小泉総理に対する公開書簡」に関しては後程アップします(代わりに要約作成してくれる方、歓迎します)。 --tennome 2007年8月13日 (月) 12:11125.54.59.244会話履歴)による偽署名、投稿日時は2007年8月13日 (月) 03:13 (UTC)[返信]

「ネットや『ゲーム脳』が子供をだめにしている」という表現は、日本語としておかしくありませんか? 「ネットやゲームが『ゲーム脳』を作り出し、子供をだめにしている」、もしくはもっとシンプルに「ネットやゲームが子供をだめにしている」が適切と思います。 --tennome 2007年8月13日 (月) 13:18125.54.59.244会話履歴)による偽署名、投稿日時は2007年8月13日 (月) 04:19 (UTC)[返信]

「ゲーム脳」に関しては、それで大丈夫だと思います。 しかしながら「俗流若者論を唱える一部評論家」限定というのは最近の現実に即していません。特に毎日新聞「ネット君臨」以降、柳田の名前は「航空技術評論家」としてより、「アンチネット・ゲーム・それらで痴呆した(と主張する)若者」の旗手として有名になっていると言えるでしょう。--yohata 2007年8月13日 (月) 12:27 (UTC)

今回の修正はyohataさんの前述の記事を踏まえたものですが…。「『アンチネット・ゲーム・それらで痴呆した(と主張する)若者』(を批判する:tennome補筆)」の旗手として有名になっているのは主にネット上(ということは主に2CH)であるのはyohataさんも認めるところでしょう。そこで彼に反発を覚えるのは当然ながら若者ですよね。どこが事実に反しているのでしょうか? --tennome 2007年8月15日 (月) 09:38125.54.59.244会話履歴)による偽署名、投稿日時は2007年8月15日 (水) 00:42 (UTC)[返信]

「本人の著書でこのような主張をしており、本人の言にこのような矛盾がある」までは単なる事実の列挙ですが、それを「周囲の人間がどう感じているか」は個々人が決めることです。辞典であるwikipediaに書くことではありません。(そういう意味では、紹介文の前半も主観が多すぎると感じているのですが。今のところそっちは置いておきます)--yohata 2007年8月15日 (水) 00:38 (UTC)

ネチズンの若者から反発を買っていることは事実ですから、その事実は事実として記載すべきです。それこそが辞典としての役割でしょう。これを削除するならYohataさん、自己矛盾ですよ。 --tennome 2007年8月15日 (月) 09:47125.54.59.244会話履歴)による偽署名、投稿日時は2007年8月15日 (水) 00:48 (UTC)[返信]

では、それが「客観的な事実」であることを証明する必要があります。「本人の著書でこのような主張をしており、本人の言にこのような矛盾がある」というのは、出典元を書くことで容易に検証が可能ですので、辞典への記述対象として適当です。しかしながら今回の内容は「あなたの所見」であって、客観的事実と言うには無理があります。--yohata 2007年8月15日 (水) 00:56 (UTC)

それでは逆にお訊ねしますが、「『アンチネット・ゲーム・それらで痴呆した(と主張する)若者』の旗手として(柳田氏が)有名になっている」、また柳田氏が「近年ではネット・ゲーム・若年層否定論者として知られ」ているというYohataさんの主張は、それが「客観的な事実」として立証できるのでしょうか? 立証不可能ならば、Yohataさんの記述された当該部分は削除する他なくなりますね。 --tennome 2007年8月15日 (月) 10:30125.54.59.244会話履歴)による偽署名、投稿日時は2007年8月15日 (水) 01:31 (UTC)[返信]

確かに。それを客観的に証明する手段はないですね。では記述を変更します。--yohata 2007年8月15日 (水) 01:35 (UTC)

ご理解頂き幸いです。「排出」という表現は言論主張に使うにはやや機械的な感がありましたので変更させて頂きました。なかなか面白い協同作業を楽しませてもらい感謝しています。 --tennome 2007年8月15日 (月) 10:50125.54.59.244会話履歴)による偽署名、投稿日時は2007年8月15日 (水) 01:51 (UTC)[返信]

いえいえ、こちらこそ。ところで該当箇所ですが「言行に対する矛盾」の後に該当する文がくるのも理論として成立していないようです(柳田は「見解」にたいして思っているのであり、矛盾に対する思いではないですよね)そのため、ロールバックした後「排出」を変更します。--yohata 2007年8月15日 (水) 02:00 (UTC)

改行をしなかったので、確かにその見方は頷けます。これですっきり落ち着くと思います。 --tennome 2007年8月15日 (月) 11:25125.54.59.244会話履歴)による偽署名、投稿日時は2007年8月15日 (水) 02:24 (UTC)[返信]

改行ではありません。位置関係の問題です。「柳田の言行」→「言行の矛盾」→「言行の理由」では、位置関係として成立しません。柳田が「矛盾の理由として」明言しているなら成立しますが。「言行の理由」は「言行具体例」の後でないと意味がありません。--yohata 2007年8月15日 (水) 02:32 (UTC)

私は「言行の理由」として「ネット社会を警告する背景~」の一文を挿入した訳ではありません。Yohataさんの言う「柳田の言行」→「言行の矛盾」の完結を見た後、周辺記事として記述しているものです。故に改行なのですよ。 Yohataさんの説、『「言行の理由」は「言行具体例」の後でないと意味がありません』という論理に従ったとしても、(言行具体例:前)→(言行の理由:後)で問題無いですが…。柳田氏を故意に貶めるつもりがなければこれで充分ですが、Yohataさんは満足できませんか? --tennome 2007年8月15日 (月) 12:08125.54.59.244会話履歴)による偽署名、投稿日時は2007年8月15日 (水) 03:10 (UTC)[返信]


私は故意に貶めるつもりはありません。「文章としての展開に無理がある」だと言っているのです。 私が書いた文は「柳田の主張・言行」→「その矛盾」となっていますが、あなたの書いた文「ネット社会を警告する理由」は「柳田の主張・言行」に連なるものであり「矛盾」の後に書くのは、理屈に合いません。 そこであなたは「そこまでの文と無関係」と言いたいのでしょうが。ここで既に「ネットに対するスタンス」へ触れている以上、同じテーマの文を急に仕切り直して書き始めるのは不自然きわまりない記述です。--yohata 2007年8月15日 (水) 03:25 (UTC)

私は不自然きわまりない記述とは思いません。この項目の集約足り得るものと考えます。それにYohataさんの説、『「言行の理由」は「言行具体例」の後でないと意味がありません』という論理に従っても「(言行具体例:前)→(言行の理由:後)」となり問題無いという件について、未だ回答はありませんが…。 --tennome 2007年8月15日 (月) 12:41125.54.59.244会話履歴)による偽署名、投稿日時は2007年8月15日 (水) 03:41 (UTC)[返信]

「(言行具体例:前)→(言行の理由:後)」という記述の意味がわかりません。(言行具体例)がきたら、その次に(言行の理由)となるのが当たり前の文章です。その間に枝分かれした話(矛盾への指摘)を挟むのは、論理がブレています。--yohata 2007年8月15日 (水) 03:44 (UTC)

さらに言えば「項目の集約」も必要もありません。繰り返しますがwikipediaは百科事典であり、柳田のファンサイトでも考察サイトでもないのです。--yohata 2007年8月15日 (水) 04:04 (UTC)

失礼ながら横槍を入れます。自称「tennome」さん、手入力の偽署名では意見・主張が疑わしいものになりますよ…。ちゃんとアカウントを取るか、そうでなければ偽署名はおやめ下さい。--松茸 2007年8月15日 (水) 04:23 (UTC)[返信]

松茸さん、こういう状態が「偽署名」と呼ばれることになるとは知りませんでした。今はアカウントを取らずに書いているのでそのまま続けて記述します。署名の件はこのノートの最初の方で入れるようにとの話が出ましたのでHNのつもりで記しておいたのですが、そうだったんですか…。勉強させてもらいました。因みにここまでは全て私の記述です。次いでyohataさんへ…「矛盾」の配置をどうするかが貴方の意見から漏れていた為、問い質したまでの話です。これを最後に持って来たいということで理解しました。しかし、私の書き方でも論理はぶれません。文中の「項目の集約」については否定するものではないと思いますし、それが百科事典の本質を歪めるものでないことは言うまでもありません。また、当然ながら柳田氏のファンサイト化したり考察サイト化したりする結果にどう繋がるかの説明をしてもらいたいものです。yohataさんがこうした書き方をされるのは、柳田氏に相当強烈なコンプレックスがあるように思えてきます。もう少し柔軟な姿勢を採られても良いのではないでしょうか?

レッテル張りにに人格攻撃と。喧嘩をするのが目的なのですか?あと偽署名に気づかなかったですが、まずアカウントを取ってきてください。話はそれからです。--yohata 2007年8月15日 (水) 07:09 (UTC)

あと。見ていると私への中傷と「そうは思わない」を書き連ねているだけのようですが。私の書いていることが間違っているというなら、間違っていることの証明をしてください。「(言行具体例)がきたら、その次に(言行の理由)となるのが当たり前の文章です。その間に枝分かれした話(矛盾への指摘)を挟むのは、論理がブレています」および「項目の集約=まとめの考察は貴方の考察であって、百科事典に記載すべき客観的事実ではない」というのが「どこが」「どのように」破綻しているのかを説明してください。--yohata 2007年8月15日 (水) 07:21 (UTC)

このノート冒頭でいきなり「アナタ」と私に無礼な呼びかけをしたり、「レッテル張りにに(注:原文のまま)人格攻撃と。喧嘩をするのが目的なのですか?」と、これまた端から喧嘩腰の物言いをするyohataさん、第三者が見れば貴方がどういう人物なのか一目瞭然です。証明、証明と言われますが,では逆に貴方の言う「当たり前の文章」とは本当に誰が見ても「当たり前の文章」であるという証明はできますか?言葉は生き物です。記号論を論じているのではないのだから、小学生のような下らない突っ込みはお止めなさい。 --tennome 2007年8月15日 (水) 17:02

えーと……「柳田氏に相当強烈なコンプレックスがあるように思えてきます」と言ってくることが、私に対する人格攻撃以外の何なんでしょうかね?それ以前に「業績のみならず人格までをも否定しようと書き込みを繰り返している」「粘着質」といったレッテル張りからスタートした、ご自分の書き込みを見返された方がいいのでは?とりあえず、理屈で話し合うことを放棄なされたと解釈してよろしいでしょうか?--yohata 2007年8月15日 (水) 08:05 (UTC)

また喧嘩腰の物言いですね(笑)。私はあくまで個人的感想を言っただけですので、人格攻撃には当たらないでしょう。これのどこが人格攻撃なのか理解できませんね。それこそ証明して下さい。次に「業績のみならず人格までをも否定しようと書き込みを繰り返している」とした最初の記述は別に貴方を念頭に置いていたわけではありませんが、結果として貴方一人がやっていることならご苦労さんなことです。私の知っている「評論家もどきの物書き」は実にねっとりしたそれこそベッタリ「粘着質」ないやらしい文章を書きますが、yohataさん、まさか本人じゃありませんよね(笑)? まあ、冗談として右から左に受け流して下さい。 --tennome 2007年8月15日 (水) 17:24

どんな妄想をされようがご自由に、としか言い様がありませんが。まだ続きがあるようでしたら、場所をユーザーページ[1]へ移動しておねがいします。--yohata 2007年8月15日 (水) 08:35 (UTC)[返信]

カテゴリの除去について[編集]

Category:表現規制問題に関連する人物がWikipedia:削除依頼/Category:表現規制問題に関連する人物で削除されました。つきましては、このカテゴリを除去したいんですけど、どうでしょうか?もし反対がなければ、Wikipedia:管理者伝言板で依頼しますので、よろしくお願いします。--Seibuabina 2007年10月13日 (土) 15:01 (UTC)[返信]

問題ないと思います。お手数ですが、よろしくお願いします。--yohata 2007年10月16日 (火) 01:28 (UTC)