ラネブ

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メトロポリタン美術館にあるラネブの石碑。
ウェネグの名前が消された石器。

ラネブ(Raneb)は、エジプト第2王朝ファラオである。

名前[編集]

エジプトの神官マネトはラネブのことを Kaiechos と表記し、エジプトを39年間に渡って統治したと述べているが、この時代の遺物からはそのような権力を持った人物の存在は確証されていない。王表では Kakau と記載されており、ヒエログリフをひっくり返して彼のセレクネブラと読む研究者もいる。マネトは、彼が神聖な山羊である「メンデス」への崇拝を導入したとも述べている[1]

彼の名前は実際には、神の名前 RaRe とも)に由来し、「ラーの子供」を意味する。ラネブという名前は「ラーは神である」とも翻訳できる[2]

家族[編集]

ラネブは、ヘテプセケメイの息子または兄弟である。ヘテプセケメイの息子にはペルネブがおり、ラネブはその甥か兄弟にあたる[3]ニネチェルはラネブの息子であった可能性がある。

ラネブとウェネグ[編集]

ドイツのエジプト学者 Jochem Kahl は、謎の多いファラオであるウェネグを、ラネブの二神名であったと結論付けた[4]

ウェネグの実在を裏付けるものは、ジョセル階段ピラミッドと Tomb S 3014 で見つかった石器に書かれた文字だけである[5]。ウェネグの統治時期やホルス名は未だ分かっていない[6]

出典[編集]

  1. ^ An introduction to the history and culture of Pharaonic Egypt.
  2. ^ Peter Clayton, Chronicle of the Pharaohs, Thames and Hudson Ltd, 2006 paperback, p.26
  3. ^ The Genealogies of the Dynasties
  4. ^ Jochem Kahl, 'Dynasties 0-2: Hetep-sekhemwy to Netjerykhet. The Succession' in Erik Hornung, Rolf Krauss & David Warburton (editors), Ancient Egyptian Chronology (Handbook of Oriental Studies), Brill, 2006. pp.103-104
  5. ^ Jean Lauer, Pyramide IV.1 pls. V:4, 19: 105, 20: 101-103 and 106-107; IV.2, 50-53
  6. ^ Wolfgang Helck in Untersuchungen zur Thinitenzeit, Harrassowitz Verlag, 1987. p.103 had proposed to identify Weneg with an enigmatic Horus Sa who is known by the mention of his Ka-house in inscriptions on stone vessels from the Step Pyramid.
  • Toby A. H. Wilkinson, Early Dynastic Egypt, Routledge, London/New York 1999, ISBN 0-415-18633-1, 84
先代:
ヘテプセケメイ
古代エジプト王
10代
前2847年頃 - 2808年頃
次代:
ニネチェル
先代:
ヘテプセケメイ
エジプト第2王朝
2代
前2847年頃 - 2808年頃
次代:
ニネチェル