ルイス・マンフォード

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ルイス・マンフォード(Lewis Mumford、1895年10月19日 - 1990年1月26日)は、アメリカ合衆国建築評論家、文明批評家。歴史家ジャーナリスト。大学教授も多く歴任。大英帝国勲章国民芸術勲章受章。

経歴[編集]

1895年、ロング・アイランドニューヨーク市クイーンズ区フラッシング私生児として生まれる。マンハッタン区アッパー・ウエスト・サイドで母や祖父母の元で育つ。

1912年、スチューイベサント高校を卒業し、ニューヨーク市立大学に入学、コロンビア大学New School for Social Research(現在のニュースクール大学)等で学ぶ。1914年、パトリック・ゲデスの著作に出会い私淑するが、同年結核のためニューヨーク市立大学を中退、学士の学位は取得していない。1917年から、パトリック・ゲデスと手紙のやり取りを開始する。

1918年から1919年まで、合衆国海軍に入隊。任務の合間にいくつか著述を行う。除隊後ジャーナリスト、批評家としての活動を開始。ダイヤル誌に勤務しまた社会学レビュー誌、フリーマン誌、ニューパブリック誌、アメリカ合衆国建築家協会会誌、等に美術や演劇、文学関連から政治に関する批評執筆を担当。

1921年、ダイアル誌での同僚、ソフィア・ウィッテンバーグと結婚。1923年、パトリック・ゲデスの助手の誘いを断り、アメリカ合衆国地域計画協会に加入。幹事及び広報を担当、また自らの理念や計画思想も雑誌で発表。1925年、長男誕生。ゲデスと名づける。またこの年、クイーンズ区ロングアイランド・シティのサニーサイ ド・ガーデンズに引っ越す。スイス、ジュネーヴ市の国際夏期学校で講演したほか、ヴェンデインゲン誌にフランク・ロイド・ライトに関する最初の批評を執筆。

1926年ニューヨーク州アメニア近郊のリーズヴィルに夏の家を借りる。フランク・ロイド・ライトと手紙を交換し始めるが、1927年ライトに初めて会い、プラザホテルで昼食をともにしているほか、シカゴ地域へ初めて旅行し、ライトの作品を見学。 1929年ダートマス大学で客員教授に就任するが翌年辞任しニューヨーク州リーズヴイルの農家を購入、夏の家とする。

1931年ニューヨーカー誌の建築批評論担当となり、「ザ・スカイライン」欄の時評を担当。 1932年、フィリップ・ジョンソンからニューヨーク近代美術館で開催された「近代建築国際展」住宅計画部門担当に招かれる。「住宅計画」と超した小論を寄稿。タリアセン・フェローシップの指導者となる申し出は辞退。またこの時期ヨーロッパ近代建築を研究している。

1936年 ニューヨーク州リーズヴィルの農家に一家で移り、定住。 1939年著書で合衆国が連合国側に加わり、第二次世界大戦に参戦することを主張。1942年、スタンフォード大学数授に就任。1944年、息子ゲデスが戦死。戦後は核兵器廃絶運動に関わる。

1943年には、大英帝国勲章・司令官騎士(Knight Commander of the Order of the British Empire)を受けナイトに叙せられた。

1948年からノースカロライナ州立大学、1951年からペンシルベニア大学の客員教授となる。しばらく途絶えていたフランク・ロイド・ライトとの手紙のやり取りを再開。 1957年からはマサチューセッツ工科大学の客員教授。

1962年、『歴史の都市明日の都市』で全米図書賞ノンフィクション部門賞を受賞。1963年 ニューヨーカー誌の建築批評から退く。

1986年には、国民芸術勲章を受賞した。

1990年、ニューヨーク州リーズヴイルの自宅にて死去。

著書[編集]

  • 1922年「ユートピアの系譜」
  • 1924年「スティックス・アンド・ストーンズ」翌年ドイツ語に翻訳される。
  • 1926年「黄金の日」
  • 1929年「ハーマン・メルヴィル」
  • 1931年「褐色の三十年」
  • 1934年 復興シリーズの第1巻「技術と文明」
  • 1938年 復興シリーズの第2巻「都市の文化」この年、タイム誌の表紙に登場。
  • 1939年「人は行動すべし」
  • 1944年 復興シリーズの第3巻「人間の条件」 スタンフォード大学を辞す。
  • 1947年 息子ゲデス・マンフォードの伝記「グリーン・メモリーズ」
  • 1951年 復興シリーズの第4巻「生括の智慧」
  • 1952年「現代アメリカ建築の源流」を編纂し、フランク・ロイド・ライトの「機械の美術と工芸」を掲載
  • 1955年「スティックス・アンド・ストーンズ」と「褐色の三十年」の改訂版
  • 1956年「変貌する人間」
  • 1961年「歴史の都市、明日の都市」
  • 1967年「機械の神話1.技術と人類の発達」
  • 1970年「機械の神話2.権力のペンタゴン」
  • 1982年 自伝「人生からの素描」

参考文献[編集]