ノート:浄土真宗遣迎院派

ページのコンテンツが他言語でサポートされていません。

関連項目の下にある訪問記のようなものは、妥当性を欠くので、ノートに移すべきだと思われます。booze 2008年1月21日 (月) 04:41 (UTC)[返信]


 遣迎院派二尊寺に、偶然、参拝することができました。光悦寺に参拝しょうとタクシーに乗って、二尊寺の前を通ったとき、運転手がここの庭は有名で専門家が見に来ますといわれ、帰り際に参拝して、偶然に奥さまが庭を掃いておられ、特別に拝観させていただきました。いつもは一般の拝観させていないそうです。  奥さまの説明では、昔は末寺が5ケ寺を有していたが、いまは2ケ寺だそうです。本尊は釈迦・弥陀二尊で、親鸞さまが関東から京都に帰ってから説かれた真宗の教えだという。  後日、知った話だが、東本願寺には昔から「枕本尊」という二尊並列の絵像が存在し、親鸞さまの晩年に枕元に安置されていた本尊だと言い伝えられてきました。50年ほど前に西本願寺の蔵から同じものが見つかり、福井県の末寺からも見つかっているそうです。

 「庭園」はかなり古く、室町時代の作庭だそうです。まず、庫裡といわれるかなり大きな住職の住まいがあって、その中を通り向けると、南面が大きな庭園(300坪足らず)になっています。その庭は、「二河白道」を表していました。庫裡からぞうりに履き替え、庭の路地に下りて小路を進むと庭の東南に当たる庭の中央に出ます。西を向くと、白い道が小さな御堂の正面にまで通じ、庭の両面が「二河」になっていました。南面の庭木は火の河に見たてて炎が武狂ったように刈り込まれています。北面は水が怒濤のごとくに武狂う様相に刈り込まれています。  その真ん中の「白道」に見立てた路地をすすむと御堂の正面の御拝に到達します。4間四面ほどの小さい御堂にはいると、正面内陣に二尊が安置され、御堂の三方の壁画が善導大師の「二河白道」の光景が描かれていました。  きっと、春のサツキのころか、もみじの紅葉の秋はもっと「二河」の体裁を整えること想像します。 文責・入井善樹 (http//koukyoji.hp.infoseek.co.jp/)


項目中にあった「遣迎院派二尊寺」の訪問記をノートに移動して、項目から削除。booze 2008年1月21日 (月) 04:49 (UTC)[返信]

元ページが確認できないので確実なことは言えませんが、これは無断転載ではないでしょうか。引用というにはあまりに分量が多すぎます。記事本文・ノート合わせてWikipedia:削除依頼に出したほうがよいかもしれません。--おむこさん志望 2008年1月21日 (月) 05:13 (UTC)[返信]