ノート:大阪陸軍幼年学校

ページのコンテンツが他言語でサポートされていません。

昭和十五年四月入学は四十三期[編集]

二点書きます。

>1940年(昭和15年)3月、大阪幼年学校が復活した。校地を楠木正成の居城近くの千代田村(現:河内長野市)に移し、同年(皇紀2600年)4月1日に44期生150名が入校した。

とありますが、昭和15年入学は43期生のはずです。大幼43期生は3ヶ年の教育後昭和17年3月145名が卒業しています。因みに大幼44期生は昭和18年3月に153名が卒業しています。

つぎに新校所在地が千代田村ということですが、それなら旧校の所在地も記述すべきではないでしょうか? 大幼卒業生においては大阪陸軍幼年学校を前後期に分類し、後期を「千代田台時代」と称していた、といいます。それなら前期についても記述すべきではないでしょうか? --yatiyochan 2009年11月8日(日) 7:35 (UTC)