篠木雅博
しのき まさひろ 篠木 雅博 | |
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生誕 | 1950年??月??日 |
別名 |
ししまる こう 柳田 直史 |
出身校 | 明治大学文学部史学地理学科卒業 |
篠木 雅博(しのき まさひろ、1950年 - )は、日本の実業家・音楽ディレクター・作詞家。株式会社パイプライン顧問[1]。一般社団法人東京メトロポリタンオペラ財団評議員。日本ゴスペル音楽協会顧問。
音楽ディレクターとして渡辺音楽出版、東芝EMIや徳間ジャパンで数々のヒット曲やアーティストを世に出し、2010年から2016年までは徳間ジャパンコミュニケーションズ代表取締役社長を務めた。現在は株式会社パイプライン顧問、一般社団法人東京メトロポリタンオペラ財団評議員、日本ゴスペル音楽協会顧問を務めている。
人物[編集]
1973年に渡辺プロダクションに入社し、渡辺音楽出版に配属。布施明「君は薔薇より美しい」、アン・ルイス「女はそれを我慢できない」、大塚博堂といったアーティストの制作ディレクターを務めた。「しらけ鳥音頭」「デンセンマンの電線音頭」「タコフン音頭」の音頭3部作[注 1] や「架空実況中継 阪神タイガースが優勝した日」 [注 2]などの企画物でもヒット作を多数企画・担当している。1991年に東芝EMIに入社。制作ディレクターとして石嶺聡子や椎名林檎のデビューを仕掛けた。2002年に徳間ジャパンコミュニケーションズに入社後も制作マンとしての手腕を発揮し、リュ・シウォン、Perfumeと次々にブレイクアーティストを輩出。2010年には同社の代表取締役社長に就任し、ソナーポケットの躍進などを牽引した。2017年に同社社長を退任後は、株式会社パイプライン顧問、一般社団法人東京メトロポリタンオペラ財団評議員、日本ゴスペル音楽協会顧問を務めるかたわら、夕刊フジで連載を開始。著書に「歌えば何かが変わる 歌謡の昭和史」(佐藤剛共著 徳間書店)、「昭和 懐かしの流行歌: あの名曲、おぼえていますか」(徳間書店)がある。また、2021年には美貴じゅん子のシングル「土下座/風にさそわれて」(テイチクエンタテインメント)で作詞家としてデビューを飾った。(柳田直史名義)
経歴[編集]
- 1973年4月 - 渡辺プロダクション入社。
- 1991年2月 - 東芝EMI(現ユニバーサルミュージック)入社。
- 1999年5月 - リワインドレコ-ディングス入社。
- 2002年6月 - 徳間ジャパンコミュニケーションズ入社。
- 2010年5月 - 徳間ジャパンコミュニケーションズ代表取締役社長就任。一般社団法人 日本レコード協会理事。
- 2016年5月 - 徳間ジャパンコミュニケーションズ取締役を退任し、非常勤顧問に就任[2]。
- 2017年5月 - 徳間ジャパンコミュニケーションズ顧問を退任し、株式会社パイプライン顧問に就任[1]。
著作[編集]
書籍[編集]
- 『歌えば何かが変わる―歌謡の昭和史』(篠木雅博・佐藤剛 著/徳間ジャパンコミュニケーションズ「微風」編集部 編、2015年2月、徳間書店)
- 『昭和懐かしの流行歌(はやりうた)―あの名曲、おぼえていますか』(篠木雅博 著、2018年12月、徳間書店)
連載[編集]
作詞[編集]
- 美貴じゅん子 シングル「土下座/風にさそわれて」(テイチクエンタテインメント)(柳田直史名義)
脚注[編集]
注釈[編集]
- ^ バラエティ番組「みごろ!たべごろ!笑いごろ!」の番組内で歌われていた楽曲。
- ^ 阪神が19年ぶりに優勝するという架空の実況中継を録音した作品。
出典[編集]
- ^ a b “【昭和歌謡の職人たち 伝説のヒットメーカー烈伝】阿久悠さん、映画の世界を思い浮かべながら作詞”. ZAKZAK. 夕刊フジ (2018年6月18日). 2019年7月20日閲覧。
- ^ “徳間ジャパンおよび関係会社の役員人事を発表”. ガジェット通信 GetNews. 東京産業新聞社 (2016年5月26日). 2019年7月20日閲覧。