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弘好文

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

弘 好文(ひろ よしふみ、1898年5月6日[1] - 1958年6月19日[2])は昭和期の日本医学者。

経歴[編集]

熊本県荒尾市出身[1]

熊本県立玉名中学校(1917年卒業)、第五高等学校を経て、東京帝国大学医学部を卒業した。1926年から1929年まで東京帝国大学大学院に在学。1930年に医学博士を取得[3]

札幌市立病院の小児科医となり、田坂重元とともに風疹ウイルスを日本で初めて発見した。また、日本における臨床ウィルス学の先駆者と呼ばれている[誰によって?]。1934年から1936年まで欧米に留学し、主にベルリン大学小児科教室・病理科教室で研究に当たった[3]。1947年熊本医科大学医学部教授及び熊本医科大学附属病院院長、1950年北海道大学医学部教授となった。

脚注[編集]

  1. ^ a b 『人事興信録 第19版 下』人事興信所、1957年、ひ40頁。
  2. ^ 『昭和物故人名録 : 昭和元年~54年』日外アソシエーツ、1983年、p.193。
  3. ^ a b 『臨床小児医学』第6巻第8号、日本小児科学会北海道地方会、1958年8月、冒頭