守山又三

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守山 又三(もりやま またぞう、1869年4月30日明治2年3月19日[1] - 1940年昭和15年)5月19日[2])は、日本の政治家衆議院議員(2期)。

経歴[編集]

熊本県出身[2]東京高等商業学校で学ぶ。熊本軌道(株)取締役、讃岐電気軌道(株)監査役、京都電気(株)取締役社長となる[2]

1908年第10回衆議院議員総選挙において熊本県郡部から大同倶楽部公認でで立候補してトップで初当選した[3]。つづく1912年第11回衆議院議員総選挙では中央倶楽部公認で立候補して再選[4]。衆議院議員を2期務め、1914年に議員を辞職した。1940年に死去した。

脚注[編集]

  1. ^ 衆議院『第二十九回帝国議会衆議院議員名簿』〈衆議院公報附録〉、1912年、42頁。
  2. ^ a b c 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』648頁。
  3. ^ 『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』51頁。
  4. ^ 『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』55頁。

参考文献[編集]

  • 日本国政調査会編『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』国政出版室、1977年。
  • 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。